前話のあらすじ
~主人公の小田切(ジョー)は同期で仲の良い岩崎と共に、高円寺あづま通り商店街にあるバル「Sahar」にやってきた。
小田切はマスターであるテンさん(呼び名たまにガッキー)や何人かの常連さんには名前も覚えてもらえるまでになっていた。
お店2回目の岩崎は、早くもマスターと打ち解けている様だ~
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冗談かと思えるほどに高い、岩崎の人の懐に入り込むスキルに驚きつつも席に戻った。
『ガッキーさんってよく呼べたね、恐れ多くて言えなかったよ』
『ジョー君、ジョー君よ、まぁ聞きなよ。
年長者の想いというのはだね、しっかりと重く受け止めるだけじゃダメなんだよ。
ボールを自分の手元に置いてないですぐに返却しないと。
報・連・相と一緒だよ』
『報・連・相って、あの報告・連絡・相談のやつ?それと一緒って?』
『ん~?ジョー君は報・連・相って何のためにすると思ってる?』
『それは情報共有というか、自分の現状を周りと共有することで間違いを未然に防いだり、成長につなげたり・・・』
『真面目だな~そんな想いで先人たちはその言葉をつくったんじゃないよ~
いい?報・連・相をする目的はね?責任を華麗なまでに他者に押し付けることなんだよ』
『責任を?』
『そう、いつまでも自分のところにボールを持っていたら全ての責任を自分が負わないといけない、でもそんなの嫌じゃん。
だから上司に報告しました、連絡しました、相談しました、って上司にボールを渡せば責任は上司が負ってくれるからね、ボールは持つものじゃなくて回すものなんだよ』
『なるほど、でもそれだけだと相手によっては、単なる責任を負いたくないやつになっちゃうと思うけど、今の岩崎はそうなってないから、また別の要素があるんじゃないの?』
『のんのん、のんのんだよ、ジョー君、それ以上先の話は子供にはまだ早い、大人になってからじっくりと話そう。
全く、これだから最近の若い奴は、グラスを空にしてからの時間が長すぎるよ、次何飲むの?』
ほぼ同い年だろ、というありきたりな言葉で返しをするのは少し躊躇われたので、何も言い返さずにいると、岩崎の隣から少しかすれ気味で大きな声が聞こえてきた。
『よう言ったぁ!!』
え、誰?すごい笑顔でこっち見てるけど今の僕らの会話についてだろうか?
そんなに大きな声でしゃべってたつもりなかったけど、お酒飲んでるからかな?
しかし初めて見る顔だ、歳は50歳前後といったところか。
すこしくたびれた感じの服装をしていて、ワンカップが似合いそうな感じの男性だ。
『いやぁ~よう言ったよ、いいね~君!君いいね~!ねぇテンさん、この子いいよ~』
『ふぁっふぁっふぁっ、若いながらもしっかりしている子でしょ?
自慢の息子だよ、ふぁっふぁっふぁっ』
『いい、すこぶるいいよ!いやぁ~感服した!上々だ!
僕はね、この店が大好きなんだけどね!
最近はバーカウンターでお店への敬意を欠くような振る舞いばかりしている子が多くてね!
グラスを空にして長時間いるのはよくない!いやぁそれが言えるのは立派だよ!』
そういいながら岩崎の顔をニコニコしながら見ている。
『いえいえ、ひとえに親の教えが良かったのではないかと。』
岩崎がニヤニヤしながら猫をかぶっている。
『がはははは!良いよ良いよ!一緒に飲もう!
一杯ご馳走するよ!何飲むかい?
君だけじゃかわいそうだから、お友達も一緒によいよい!』
岩崎だけの話だと思っていたので少々面食らってしまい咄嗟に
『いえ、そんな、あの、初めての方にご馳走になるわけには・・・』
全て言い終わる前に岩崎に軽く太ももをつねられ、言葉を遮られた。
『いいんですか?ありがとうございます~今日来てよかった~
いや、実はですね、このお店に今日来てから、僕の目の前に置かれているマッカランのボトルがずっと僕のことを見てくるんですよ~多分愛されてます、僕としては応えたいんですよ~いただいちゃってもいいですか~?』
『がはははは!良いよ良いよ!遠慮なくいっちゃってくれ!』
『やった~!ありがとござます~!ガッキーさん、マッカラン二つ~ロックでおなしゃ~す!』
こういう時の岩崎は本当に頼りになると同時に自分がうまく振舞えないもどかしさもあり、どうしたっておとなしくなってしまう。
その状況を察知したのかどうかはわからないが、テンさんからお酒を受け取った岩崎は立ち上がり、グラスをおじさんに近づけ、お礼を言い、グラスに口をつけた。
慌てて僕も岩崎に見習い、立ち上がり、お礼を伝えて席に戻った。
岩崎は席に戻る際に、気付かれぬよう自然におじさんの方に椅子を近づけ、体の向きをおじさんの方に向けた。
そのタイミングで、テンさんが立ち位置を変え、僕の前に。
一連の流れがあまりにもスムーズで、違和感なく2対2の状況を作り上げてくれた。
自分の無力さにうちひしがれてしまう、ちょっと伏し目がちにお酒をすすりテンさんについ弱音を吐いてしまう。
『自分とは違うから比べたって意味がないんですけど、もっとうまく振舞えたらなって、こういう時どうしても思ってしまうんですよね。
なんかすいません、せっかく楽しいお酒の場なのに、こんな愚痴こぼしてしまって』
『ふぁっふぁっふぁっ、比べることは別に悪いことではないし、愚痴を聞くのも僕の役目だよ、ここにも色々な役目があるんだよ。
今ジョー君が飲んでいるロックグラス、それを満たすのはお酒だけれど、ジョー君の心を満たすのは、お酒の役目じゃないんだよ。
盃は酒で満たす、人の心は人で満たす、そのために僕はここに立っているんだからね、遠慮なく僕に役目をちょうだいよ』
人の心は人で満たす、そうか、確かにそういうことなのかもしれないな。
テンさんの言葉に少し瞳がうるんでしまった僕の隣で、大いに盛り上がる初対面の二人。
盃も人の心も満たしていきながら、高円寺の夜は今日も更けていく。
⇒次号よりしばらく著者メンテナンスの為、休刊を頂きます。楽しみにしていただいた方申し訳ございません。
著者・プロフィール
玉川 アキラ
東京都出身、ヒッピー文化発祥の地である国分寺で大半を過ごす。
『韋駄天』『ゆらりゆられゆるりらと』『転生したら友達が増えた』などのノンフィクション作品で知られるが、壮大なスケール構成なため筆が進まず、どの作品もタイトル以外は完成していないことから、『未完の大器』と業界では囁かれている。
産声をあげたその瞬間からカレーの匂いが苦手であるゆえ、今ではカレーの匂いを皮膚が感知した瞬間に、鼻呼吸から口呼吸に自動に切り替えられるように身体を進化させている。
普段はFXトレーダーとして活動しているが、裏では高円寺のフードパブ『Ahola』の店主を気取っている。
【写真】望月泰貴