高円寺にオムライスが美味しいと評判の中華料理屋がある。中華料理屋なのにオムライス。
高円寺駅を南下して、少し中野の方に足を伸ばしたところにある。昭和34年創業「七面鳥」。もちろんオムライス以外の中華料理も評判で、開店の10分前にはもうすでに1人並んでいた。誰かの大切な思い出のような佇まいをしている。年季の入った看板がこのお店が間違いないことを証明している。
開店と同時に入店すると、ものの10分くらいで満席となる。店内の中央にはコの字型のカウンターテーブルと端っこにテーブル席があって、コの時の中を通りながら優しい店員さんが「お好きな席どうぞ」とにこやかに案内してくれる。優しい。あまりにも優しい声と温度。全てをわかってもらっているような気持ちになる。さあこれから仕事だと、心を決めている店員さんがちらほらいる中に、ひときわにこやかに「いらっしゃいませ」と言う80歳を超えているだろう店主さんがいらっしゃった。注文を聞きにきてくれた店員さんに「オムライスを」と注文すると、奥で注文を待っている店主さんが私の注文を聞いて「オムライス一丁」と言った。すぐに厨房に向かった店主さんの背中を追う。私の席から店主さんの姿が見えた。使い込まれた布巾で中華鍋を掴む。ご飯と具材が鍋に入り、再び命を宿したかのように舞う。私のオムライスがだんだん出来上がっていく。その後のお客さんも次々とオムライスを注文する。淡々とオムライスを作っていく店主さん。そろそろ出来上がる頃に、お漬物とサラダとスープが私の元に届けられた。到着したオムライスは、薄焼きの卵なのにとろとろで、真ん中に赤よりも赤のケチャップがたんまりと塗られている。オムライスの横に添えられた銀のスプーンはみんなの実家にある銀のスプーンだ。一口掬って、卵とケチャップとチキンライスを一緒に口の中に入れる。鶏肉の旨みが十分に効いたチキンライスに卵のまろやかさがマッチしている。トマトの味が濃いケチャップが口の中をさっぱりとさせてくれる。たまに当たる鶏肉がゴロっと大きくて脂が甘くてご馳走だ。たっぷり入っているのではなくて、スプーンで掬った時にたまに当たるのがいいってことを知っている鶏肉だった。卵は薄焼きなのに分厚く感じた。卵も中華鍋で炒めていたからそれがこの分厚さの秘密なのかも。
食べながら中華鍋を振る店主さんの背中を見る。どんな気持ちで中華料理屋をやっていて、どんな気持ちでオムライスを始めたのか。調べたところ、裏メニューで出していたオムライスが評判で常連さんに言われてグランドメニューにした。中華料理屋なのにオムライス?という意外性がウケて人気に火がついたとネットに書かれてあった。
中華料理屋なのにオムライスというのは、他の中華料理屋とは違う意外性を出したことをしたいと思って生み出したものではなく、常連さんを楽しませるために作ったものだった。要するに、とっかかりとか見え方とか想像を超えるようなことをしたいと思っていたわけではなく、ただ単に常連さんに美味しいオムライスを食べさせてあげたいという気持ちから出来上がった。それがたまたま、意外性という「引き」ができて有名になった。
中華鍋を振る店主さんの背中を見て、淡々と料理を作っている姿を見て、お会計をするお客さん一人一人に「ありがとうございました」と声を張っているのを見て、商売の真髄を盗み取る。
私は芸人なので、売れている芸人がなぜ売れているのかを分析する。こんなに売れないまま芸人を続けるのは本当にごめんだからだ。焦っている。すごく焦っていて、とにかく急いでいる。自分の好きなことを好きなだけし続けていい芸歴でも年齢でもない。東京に来て5年以内に何もなければ諦めないといけないと思っている。M-1グランプリの出場は今回を入れて後3回。結構やばい。だから売れている芸人をたくさん分析して、私に取り込めるものがないを焦りながら急ぎながら探す。最近は、物怖じせずに言いたいことを言う姿勢がよくて、それでも実は人間として芯を持っている人が好かれている。これが面白いと思われているのだったらそうするしかない。
でも多分、こうやってお笑いをするのは良くないのだ。わかっている。なんとなくこのまま失速しそうな感じがする。
私は、自分の信じたお笑いをし続けて、結果がでなかったときのことが怖いのだろう。自分の信じたお笑いをして結果が出なかった時、自分のお笑い人生が全否定されてしまうのを避けたいのだろう。だからそんなことにならないようにアレコレやってみようと焦っている。
自分の信じた道を突き進むことの大切さは、歌でたくさん歌われているし、インタビューで語られている。でもそれを実現する難しさは、どんな歌でも、どんなに尊敬する人のインタビューでも、小説でも、映画でも、語られることのないドロドロの苦しさが生じる。私はそれが辛いし怖い。
「七面鳥」だって、お客さんが来ない時もあったかもしれない。常連さんが離れた時もあっただろう。コロナ禍は?絶対大変だった。でもお客さんに喜んでもらおうという気持ちだけは絶やさなかった。信じた信念だけは曲げられなかった。だから中華料理屋なのにオムライスが完成した。
でも、私は、このオムライスは、私のように焦って急いで作った結果だったかも、なんてことを思ってしまう。このお店に入った瞬間に感じる落ち着きが、ただただ信念を貫いた先に得たものではないような気がするのだ。店主の笑顔が、オムライスの味が、常連さんの顔が、ただただまっすぐに掴んだものではないような気がするのだ。いろんなことがあって、全てを経験した先に掴んだような、そんな気がした。
「最初のお客さんにあげてるんです。お姉さんの前の人は常連だから。」と帰り際にシールをくれた。私の感覚は間違っていなかったように思った。また焦ったらこのお店に行こう。焦っててもいいって言ってくれそうだから。



にぼしいわし・伽説(ときどき)いわし

にぼしいわし・伽説(ときどき)いわし
1992年、大阪府出身。お笑い芸人「にぼしいわし」のツッコミ、ネタづくり担当。
2023年に拠点を東京に移し、個人事務所である「株式会社 A-dashi」を設立して活動中。
女芸人No.1決定戦 THE W 2024年大会にて第8代目女王となった。
また2025年12月に自身初となる著書『しょぼくれおかたづけ』をKADOKAWAより発売。


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