小説「高円寺 in joke」第5話 :ご自由にどうぞ

高円寺 in joke
文・玉川アキラ
玉川アキラ

前話のあらすじ
~高円寺あづま通りにあるバル【Sahar】で、カウンター隣になった常連客の、温水薫さんと出会う。
彼女から、マスターの本名が藁垣天(ワラガキアマタ)ということを聞く。
マスターにメニューに関するこだわり聞き、最後好きな女性のタイプを聞くとこう答えた。
『きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ』~

⇒前話はこちら


自販機に納豆、、、納豆があるなぁ。

高円寺駅へと向かう朝のあづま通りに納豆の自販機を見た気がしたが、寝ぼけていた故に見えた幻、透き通った心を持ったものにしか見えない古の妖精かもしれないと思い、特に何も考えずに出勤した。

その日の帰り道、それは確かにあった。

自分自身を透き通った心を持ったものと捉えてしまったことは夜になってから振り返ってみると、少しばかり恥ずかしくなるが、寝ぼけているときは誰しもがヒーローになれる、そういうものだ。

納豆の自販機、需要はあるのだろうか。

思い返してみると、スーパー閉店後の時間になってから突然、お酒を気持ちよく飲んだ帰り道に突然、あぁ、今熱烈なまでに納豆が食べたい、食べたくて仕方ないが止まらない、でもコンビニでは買いたくない、どうしよう、どうすればいいんだ、、、

確かにそんな瞬間が誰にでも訪れる可能性はある、限りなくゼロに近い可能性がそこにはある。

僕には今までそういった経験は一切ないけれども、そういうことも納豆の自販機がある一因なのかもしれないなと、ぼんやりと考えながら、自販機の前に立ち尽くしていると後ろから声をかけられた。

『およよ?ジョー君じゃないか、今帰り?』

薫さんだ、あづま通りを普段から利用するとは聞いていたが実際に会うのは初めてだった。

『こんばんわ、今帰りです。
納豆の自販機を初めて見たので、珍しいですよね』

『ね、私も初めて見たときは驚いたよ〜
今でも自販機の写真撮ってる人見るからね、結構珍しいんじゃないかな』

『ですよね、どんな方が買っていくんですかね?』

『ん~でも普通にみんな買って行ってるんじゃないかな?
納豆を買うためだけにスーパーに行くのはちょっとな、って思う人とかもいるだろうし、物珍しさで買う人もいるだろうし。
あと普通においしいって聞くから、需要はあるんだと思うよ。
商売的にも普通のスーパーで売るよりも自販機で売る方が希少価値が上がって、商品価値が上がったりするのかもしれないね』

なるほど、確かにそうかもしれない、今度購入してみようかな。

薫さんと別れた後、ぼんやりと歩きながら、なんでこれがここにあるのか、どういう経緯で生まれたのか、あらゆるモノには生み出される上で物語を紡ぐことができる、それを妄想していくのも面白いかもしれないなと思った時、岩崎が出社時の会社のエレベーターの中で、大あくびしながら、大きな声で言っていたことを思い出した。

『毎日同じ景色を眺めているようで、少し変化している部分がそこにはあって、それに気づけるかどうかって案外大事な気がするんだよな〜
妄想の中で世界に彩を与えるのはいつだって自分でいいんだからね~
変わったのは景色なのか、景色を見ている自分自身なのか、そこはまた目まぐるしく複雑な話だからまた今度にしよう、うん、また今度だな、うんうん、今度だ、ネクストだな、ネス』

密室空間の中で使用する声量じゃないよな、そう思ったから割と印象に残っている言葉だった。

確かに、納豆の自販機に限らず、高円寺の街中を歩いていると趣のある光景に出会える瞬間がある。

これは高円寺に限った話ではないのかもしれない、日本全国を渡り歩いたわけではないから断言はできない、ただ高円寺は割と商店街が多い地域であることは間違いないと思う。

それに伴い、当然お店も多く、飲食店やカフェ、古着屋さんなどが軒を連ねている。

その影響もあるのかどうかはわからないが、特に商店街や高架下を歩いている際に【ご自由にどうぞ】の貼り紙を目にすることが多々ある。

【ご自由にどうぞ】、文字通りの言葉で、それを見た瞬間私たちの自由は失われ、選択をしなければならない観念に迫られることになる。

何の選択か、持って帰るか否かだ。

多種多様な品物が並ぶ、書物であったり食器であったりソファーであったり、マッサージチェアであったり。
白いワイシャツは丁寧にハンガーに吊るされていたし、時としてたまに何に使用したら良いのかわからないモノも並んでいたりする。

自分は使わなくなったけれど、他の人からすれば価値があるものかも知れない、多様性を重んじ、限りある資源を大切にする精神の名の下、このような行為が乱発されているのだとしたら、とても素敵なことだ。

新しい持ち主によって新たな息吹が吹き込まれ、また新しいモノとして生き続ける、そうやって古きを守り、新しきを創っている、高円寺という街が如実に表現されているのではないか。

【ご自由にどうぞ】の張り紙に込められた想いの2割はそういった崇高な思想で成り立っている。

それ以外の8割は何の成分でできているのか、捨てるのに金がかかるのなんてもったいない、むしろ捨てることさえ手間だ、外に置いときゃ誰か持ってってくれる、そういった低俗な思想で成り立っているのではないかと個人的には思っている、そして、それもまた高円寺という街を明確に表現している。

低俗な思想なのかもしれないが、それが街として成り立っているのであれば、大いに誇るべきポイントであり、自信をもって長所と言っていいと思う。

新高円寺駅からルック商店街を通り抜け、パル商店街へと進み、純情商店街を突き進み、庚申通り商店街へと歩みを進める、その間にいくつかの【ご自由にどうぞ】に出会える瞬間がある。

【ご自由にどうぞ】とされたものに関して、どうしてそうなったか、どこからきたのか、そういう物語を創っていくのも高円寺を楽しむ一つであったりする。

先日のとある晴れた土曜日の昼下がり、僕は先述のルートで物語を紡いでみることにした。

一つも出会うことなく終わってしまうかもしれない、まぁその時はそういう日もあったということで、出会えた瞬間の幸福度を高めていこう、そう思って風を切って歩き出した。

幸運なことに、僕はその日、4つの選択に出会える機会に恵まれた。

家にたどり着いたときに、手に持っていたものは何もなかった。

それもまた一つの物語だ。



⇒次回、6話へ続く。(5月25日更新予定です。)

著者・プロフィール

高円寺 in joke・玉川アキラ

玉川 アキラ

東京都出身、ヒッピー文化発祥の地である国分寺で大半を過ごす。

『韋駄天』『ゆらりゆられゆるりらと』『転生したら友達が増えた』などのノンフィクション作品で知られるが、壮大なスケール構成なため筆が進まず、どの作品もタイトル以外は完成していないことから、『未完の大器』と業界では囁かれている。

産声をあげたその瞬間からカレーの匂いが苦手であるゆえ、今ではカレーの匂いを皮膚が感知した瞬間に、鼻呼吸から口呼吸に自動に切り替えられるように身体を進化させている。

普段はFXトレーダーとして活動しているが、裏では高円寺のフードパブ『Ahola』の店主を気取っている。

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【写真】望月泰貴