のうじょうりえ「日々の余白・杉並 13(2026年)」【エッセイ】

文章 : のうじょうりえ
のうじょうりえ(シンガーソングライター)

歳を重ねる

新年のエッセイだが、歳の話からしたいと思う。
12月17日が誕生日だった。35歳になった。
誕生日が嬉しくない訳ではないが、年々欲しい物や行きたい所などという関心が薄れてきてしまった。
これが歳を重ねるということかとも思ったが、わたしが興味を抱く対象が少ないせいかもしれない。
毎年12月17日はワンマンライブを開催してきた。
よって12月17日は誕生日ではなく、ワンマンライブの日としてもう認識してしまった。
無理もない、今回で誕生日ワンマンライブの開催は9回目になるのだ。
誕生日への関心が薄れた原因はまずこれか。
誕生日当日にやることに意味があると思うし、自分で決めていることなので後悔は全くないが。
ワンマンライブが終わった次の日、12月18日の方がまだ誕生日らしい感覚がある。
ただしライブ疲れで出掛ける気にはあまりなれない。
ワンマンライブが終わったことを自覚したいので、誕生日らしいことをしたいという気持ちにはなる。

2025年で確か音楽活動10周年になるはずなので、これまでの自分を振り返った本を書いた。
昨年6月に全国リリースしたアルバムにも本を付けたり、最近は音楽だけでなく文章を表に出していくことが増えた。
それもツブサ・スギナミでエッセイを書く機会をもらえたからだ。
このエッセイを書かせてもらうようになってから、歌詞の書き方にも変化が出てきたように思う。
歌詞の書き方と、文章の書き方は違う。
詞は全てを語らない、余白がある。
余白は想像を膨らます、各々の気持ちや状況を投入させる隙間でもある。
文章はその余白部分まで書ききれる。補足に近いのかもしれない。
曲は自分の意思を手放し聞き手に委ねるもの、文章は自分の意思を隅々まで伝えようとするものという感覚で、わたしは作っている。
曲作りと並行して、毎月エッセイを書いていくに連れ、得た感覚だ。
成長させてもらっていることに感謝しかない。


ツブサ・スギナミのお陰で、己が何をしているか名乗るとき「シンガーソングライター、エッセイスト」と言うようになった。
「エッセイってどんなきっかけで書くようになったんですか?」とたまに聞かれる。
一言で言うと、「高円寺にいたから」だ。
ツブサ・スギナミを運営するシゲタさんもわたしも高円寺にいたから、いや、ただいただけじゃない。
お互い高円寺が好きだったから出会えたように思う。
その好きを突き詰めていったら、こうして繋がりができたのだろうと。

小学校の卒業アルバムに「将来の夢は作家」と書いていただけあり、(アルバム見返すまで忘れていたけど)文章を書くのも昔から好きだった。
わたしの世代は高校受験の際に特色化選抜という、一般入試の前に学校ごとに定めた課題で入学試験を受けられるシステムがあった。
わたしが行きたい高校の課題は作文と面接のみ。
作文への苦手意識はなかったし、授業で書くときもワクワクしていたくらいには好きだったので助かった。
(作文用紙の最後のマスで終わりにすることをなるべく気にしていたけど、今更だがあれは加点されるのだろうか?)
作文に対しての懸念点は、わたしの字が汚いことだ。
高校受験を前にし、先生に「この字じゃ本当に受験落ちるわよ」と警告を受けた。
そう言ってきたのは悲しいかな英語の先生だった。
受験当日は雪が降る寒い日で、よりによってストーブから1番離れた窓側最後列の席だったので、終わったと思った。
ただでさえなのに、寒さで字が。
何とか合格したのは中学までは行いが良かったからか何なのか。
高校に入ってからは、後ろから数えた方が早いほどの成績だったが。


音楽をやろうと思ったのは、高校卒業後の進路を考えたとき、音楽以外にやりたいことがないという消去法のような理由だった。
そこからボイトレに行ったり、ギターを始めたり、特に上京し高円寺で暮らし始めてからはとにかく音楽中心の生活を送ってきた。
スタートダッシュを切るには、高円寺の様々な人を受け入れてくれる雰囲気、音楽がいつでもすぐ側にあるような街並みはありがたかった。
暇だからと路上へ歌いに行くことも多かった。
毎日のようにライブをすることも、休みの日に曲作りすることも苦ではなかった。
そして高円寺を離れた今も変わらなかった。
音楽以外にやりたいことがないというのは今も健在のようだ。
誕生日どうこうの前に、根本的に関心が音楽に向いているのかもしれない。

行動を起こそうとするとき、ネックになることとして、
「若いときはお金がない、大人になると時間がない、もっと歳を重ねると体力がない」
とよく聞く。
じゃあどうすればいいんだと思うが、この言葉の答えは「やりたいと思ったときにやる」だと思う。
始めるタイミングは見計らうんじゃなくて、自分で作るものだと。
やらない理由も沢山作れるけど、やりたい理由は「やりたい」でしかない。
何より「好き」はきっと自分の力になる。
思い切って、自分の好きに足を踏み入れてみても良いのではないだろうか。

抱負

「あなたは自信ないって言うけど、自信ない人達の中ではある方だと思うよ」と言われた。
人の感情は可視化できない。
できないから分かり合えないこともあるし、思いやれることもある。
言われたときは「そうなのかな」と思い、自分のことを振り返ってみた。
いや待てよ、そもそも自分の感情を人に決められるのは違うんじゃないだろうか。
仮にその通りだったとしても、わたしの「自信がない」という感情は否定しなくていいんじゃないだろうか。
だって「あなたより辛い人がいるからあなたは大丈夫」と言ったとしても、誰も救われないじゃないか。
人の感情を誰かが測って良いはずがない。

自分の感情なら認めてあげたい。
そんなことを考えながらしばらく経ち、12/17のワンマンライブ直前。
所属レーベルとミーティングをしたとき、自分が思っている以上に自信がなかったこと、自信がない理由が「他人軸」だったことに気が付いた。
落ち込むときは大体いつも、自分がどうしたかじゃなく、人からの評価を気にしてしまったときだった。
皆そうだと思っていたんだけど、人と話して初めてそうじゃないんだと知った。

思えば人からどう思われるか、みたいなのは昔からすごく気にしていたと思う。
どう思われても良いから自分を貫きたいという風には、あまり思ったことがなかった。
自己肯定感も高くなかったので、人から評価されたときが1番安心できた。
人の評価というのは自分の行動が正しいかどうか判断する、1つの指標になる。
自分を貫くのには道筋がない。
答えのないものに向かっていくのは怖いものなのだ。

かと言って評価に躍らされていたら、不自由になり、自分らしさを見失う。
評価が良くなる為なら何でもするとは全く思わなかったので、自分とのバランスはそこで取っていたように思う。
自信がないという感情は別に悪いことじゃなくて、きっと大切なのは「人の評価を気にしない」ということなのだと思う。
「自信がない」「他人軸」を切り離すのは、わたしにとって簡単なことじゃない。
35年間自信がない感情と過ごしてきたので、染み付いてもはや性分のようになっている。
自信がなくなったときに「これは他人軸なのかどうか」をいちいち考えなくてはいけない。
けれど、こんな面倒なこともやっていきたいと思う。
ここを乗り越えたら人として成長できるような気がするから。
自分を否定しない形で、その感情に至るまでの思考を改めて見つめ直したい。
認めて、受け入れた上で変わっていく。
2026年は自分が信じるものに胸を張って
自分軸で生きていくことを抱負にしていく。



ライタープロフィール

のうじょうりえ

千葉県出身のシンガーソングライター、エッセイスト。
日々の悲しみや弱さや喜びの心象風景を「生きること」に視点を置いた文学的歌詞と言葉と共に、圧倒的なリアリティを持った美しい歌声とアコースティックサウンドで、自分自身と向き合う為の音楽を発表。年間でワンマンライブやサーキットフェスを含む200本近いライブ活動を行なう。
エッセイストとしても活動し、2022年より「ツブサ・スギナミ」にてコラムを連載中。

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