上京してから今年の10月で丸3年が経とうとしている。私は上京してからこの街(高円寺)を出たことがないので、この街歴も3年である。どことなく故郷の大阪と似たような空気感を感じており、大変過ごしやすい。
そして、阿波おどりなどの大規模な取り組みや、トレンドに乗らない独自の新店がザクザクできるこの街のアグレッシブさになんだか自分もアグレッシブになったような錯覚を覚えたりもしている。
仕事柄、チャレンジングなことをしていかねばならない。新しい刺激を脳に直接刻み込んで、日々何かを生み出さねばならない。聴いたことのない音楽や、あんまり読まないジャンルの本、一か八か路地裏の居酒屋なんかに繰り出さねばならない。そうでないと芸人じゃない。常に新しいこと、面白いこと、賛否両論なことを考える。それが脳に少しずつ溜まっていき、混ざっていき、蛇口を捻るとそこには「自分らしさ」の汁が出てくる。
という、理想論は置いておいて、目まぐるしい毎日を過ごしていることを言い訳にして(実際はそんなに目まぐるしくもない、暇である。休みもたくさんある。)そして、街のアグレッシブさに自分もアグレッシブになったような錯覚に目を瞑って、あまり新しい挑戦をしていないのが事実である。この街に引っ越してきてから、こんな刺激だらけのありがたい街なのにも関わらず、のらりくらりと過ごしてきたように思う。反省の3年間である。
そんな猛省の私が今回紹介するのはこちら、
『上島珈琲店 高円寺北口店』
である。
ふざけんなよという声が私の後頭部を殴る。普段いろんな場所や人から殴られ慣れている私は痛みを逃すこともお安い御用ではあるが、こればかりはしっかり痛みを感じるために私も自分の頭を殴る。
みなさんご存知の大手チェーン店『上島珈琲店 高円寺北口店』だ。勘違いしてほしくないのは、上島珈琲店を下げてはいない。こんなどうしようもない未来のない34歳の女が毎日通っても文句ひとつ言わないすごい喫茶店だ。
上島珈琲店は「自分をちょっと特別な存在にしてくれる」凄さがありつつも、チェーン店ならではの「絶対に変わらない」というズッシリとした安心感がある。
私は、できるだけ毎日ネタを書くというのを自分に課している。まれにある1日中どこかに行く仕事以外の日は、できるだけネタを書こうと思っている。これだけ聞くと頑張っているように思えるし、急な真面目アピールに目眩を催した読者もいるだろうが、安心してほしい。私は「ネタを書いた」と認定するハードルがどの芸人よりも低いのである。
その驚愕のルールをお伝えしよう。「ノートを広げたら書いたことにする」である。また後頭部を殴られたが痛くも痒くもない。毎日、仕事の少し前に高円寺駅まで行き、上島珈琲店に行く。そしてノートを広げる。それだけでなんか今日も頑張っているという気持ちになるのである。私みたいな才能もセンスもない人間はせめて毎日ネタを書くような芸人であれよという気持ちからの行動であるが、結果別にその行動のハードルもぐんぐん下がっていき、今やそのハードルは地中にある。
高円寺にはたくさんの喫茶店がある。大手チェーン店はもちろんのこと、個人でひっそりやられている大層味のある店も多い。喫茶店の選択肢は無数にある。先ほどの新しい刺激の観点でいけば、毎日違う喫茶店に通う方がいいに決まっている。
でも私は、上島珈琲店が空いていない時間帯や、席が埋まっている時以外は常に上島珈琲店にいる。もし、たまたま通りがかった人がいれば、窓から覗いてみてほしい。窓際の電源があるカウンターの席で、ノートを広げてサボっている私がいる。
人間には恒常性という機能が備わっているらしい。ホメオスタシスともいうのだが、日常の変化を嫌うのだ。不慣れなことや、失敗を避けて毎日同じことの繰り返しの方が安全に暮らせるからだ。本能的にそうなっている。かくいう私も変化が得意じゃない。上京、会社設立、新しい試みのライブをする。など、周りから見ると変化をしてきた人間かもしれない。でも心の奥底では、変わらない毎日を求めているのだ。安全に、安心に過ごしたい。そうとしか思わないのである。でも芸人という職業を選んでしまった以上、そしてその芸人としても才能やセンスがない以上、試せるものは全て試さないといけない。そう思って重い腰をよっこらしょと持ち上げて、毎日どうにかこうにか芸人をやっている。
芸人をやっていく以上必要な「毎日新しい刺激を浴びなければ!」という、強迫観念から逃げた先に上島珈琲店があると私は思っている。自分が凄い人間なのかと、もてなされているかのような重厚感。特別な空間なのに、必ずそこにある。変わらない味。変わらない席。よく見る店員の顔。絶対にそこにあるという安心感。そして美味しい珈琲。黒糖入りミルク珈琲。モーニングも充実しており、特にバターがたっぷり塗られた厚切りの小さな食パンは絶品だ。安全と変化の狭間にある喫茶店こそが、私の愛する上島珈琲店である。
もし、何かに行き詰まっている真っ最中の人は行ってみてほしい。なぜか自分は特別な存在なのではないかと錯覚させてくれる。そして大きな安心感で包んでくれる。

edit & photo:伊藤夏希
にぼしいわし・伽説(ときどき)いわし

にぼしいわし・伽説(ときどき)いわし
1992年、大阪府出身。お笑い芸人「にぼしいわし」のツッコミ、ネタづくり担当。
2023年に拠点を東京に移し、個人事務所である「株式会社 A-dashi」を設立して活動中。
女芸人No.1決定戦 THE W 2024年大会にて第8代目女王となった。
また2025年12月に自身初となる著書『しょぼくれおかたづけ』をKADOKAWAより発売。


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