ツブサをご覧のみなさんおはようございます、文筆家・ピアニスト・写真家の伊藤夏希です。
今やテレビやネットで引っ張りだこの「高円寺芸人」。
『高円寺に居ては売れない』というイメージが5年前(2019年)位まではあったように思いますが、高円寺芸人のマヂカルラブリー・村上さんがM-1グランプリ2020 チャンピオンになってからというもの、あらゆるお笑い賞レースで立て続けに高円寺芸人が優勝しています。
アメトーークでは「高円寺芸人」特集が組まれるなど、もはや『高円寺に居ては売れない』というイメージは大きく覆りました。
そんな高円寺には、メディアでよく見る芸人や、次は俺かと日の目を浴びることを夢見る芸人、実習生など、数多くの“高円寺在住芸人”がいます。
売れている・売れてないに関わらず、高円寺に関わる芸人にフィーチャーし、その人の生き方や高円寺での暮らしにまつわるエピソードなどを深掘りしていく、本企画「高円寺、芸人たち」。
今回紹介するのは、2024年R-1グランプリで準々決勝まで進出した、ピン芸人のメガネロック大屋さんです。
今回は沖縄時代の暮らしからR-1グランプリで準々決勝に進出するまで、そしてこれからの芸人活動について深堀していきます!
目次
【高円寺、芸人たち・メガネロック大屋】いじめっ子たちも笑ってくれたから「これならいける」と思って
元々小学2年生の頃いじめられっ子だったんです。学校に行かず家に引きこもっていたときに、たまたまテレビで漫才を見て「なにこれすごい!」って衝撃を受けたのが、お笑いとの初めての出会いでした。
それから小学4年生になり、学校の先生が国語の授業で落語の「じゅげむ」を教えていたのもあって、クラスでお笑いの発表会をすることに。クラスのみんながそれぞれのグループに分かれて、落語やショートコントをするんですが、その流れで友達と2人で漫才をしました。
そしたらその漫才がクラスでめっちゃウケて、小2の頃にいじめていた子たちも笑っていたから、なんか「これなら俺でもいけるかも」と思って、その時一気にお笑いが好きになりましたね。
あんまり自分から「これがしたい!」っていうタイプではなかったんですが、唯一お笑いだけは自分からしたいってずっと親に言ってたみたいで。
【高円寺、芸人たち・メガネロック大屋】ピン芸人として活動を始めるまで
それから本格的にお笑いを始めたのは高校1年生の頃。
当時一緒に組んでいた相方と「ハイスクールマンザイ」という賞レースに出場します。
沖縄で出場したのは4、5組くらいだったのですが、そこで優勝した女子高校生コンビがそのまま全国大会の決勝まで進んで準優勝したのをみて、「絶対俺らの方が面白い」と思って、それからお笑いの熱がどんどん大きくなりました。
それから沖縄で出られるライブを探していたとき、アマチュアでも出られるライブを見つけて、1年間、月1ペースで出場し続けます。
いろんなネタをやる中で、翌年にはハイスクールマンザイの九州地区で準決勝まで進むことに。
だけど、高校2年生からはピン芸人として活動をすることになります。
高校2年生の頃出場した「笑顔甲子園」という賞レースで1回目コンビとして出場した時に、決勝の最後の大事な結果が決まる時に相方が大きなミスをしちゃって…
直前まで練習もせずにずっとゲームをしてたから僕がキレちゃって、本番が終わって沖縄に帰ってきてから空港でそのまま解散の話をしました。
僕は将来も芸人を続けたいという気持ちがあったものの、相方は学生の間だけ芸人をしたいという気持ちだったので、そこでお互い衝突してしまったんです。
それからピン芸人として活動を始めて、翌年、同じ大会ではピンで優勝することができました。
全国大会、一応日本1にはなったので、ずっと反対していた親戚も背中を押してくれて、そのまま芸人の道へ進むことを決心します。
【高円寺、芸人たち・メガネロック大屋】上京してからの暮らし
東京には4年前、2020年に上京しました。
普段は朝の6時くらいから高円寺のセブンイレブンでバイトして、14時くらいにバイトを終えて、それから家に帰って家事をしたり、高円寺のタリーズでネタを書いたり。で、夜はライブに出演しています。ライブは大体月20〜25本、多いと30本くらいしてますね。
僕のネタを見に来る方は、30代後半から50代くらいの方が多いので、お米やビール、缶詰やお味噌汁とかを差し入れして下さる方もいて、生活に困ることも減りましたね、ありがたいです。
「日常に必要なものが助かるでしょ?」なんて言ってくれて、本当ありがたいです。
【高円寺、芸人たち・メガネロック大屋】高円寺の街が教えてくれた、東京の暖かさ
上京する前、沖縄にいた頃に抱いていた東京のイメージは「怖い、冷たい」でした。
でも高円寺にいると全然そんな感じがない、高円寺の人はみんな暖かいし。
普段は高円寺のセブンイレブンでバイトしているんですが、周辺の商店街の人が来てなぜか仲良くなったりして、「意外と東京って別に怖くないじゃん」って、高円寺に来てから思いました。
あと高円寺の商店街はやっぱり衝撃的。沖縄の商店街は薬局やお土産屋さんばかりで、俗にいう八百屋やお肉屋さんや飲み屋さんがたくさんあるような商店街じゃなかったから、高円寺みたいになんでもある商店街はいいなと思って。
上京したばかりの頃、お肉屋さんでお肉を測って買ったり、ミンチを買ってタコライスを作ったりして、結構高円寺ならではな生活を送ってました。
【高円寺、芸人たち・メガネロック大屋】R-1グランプリで漢字のところへいくまで
今年のR-1グランプリでやったネタに関しては、手数やテンポ感、ネタの題材とか、自分なりにきちんと研究しながら作り上げました。
僕の単独ライブを見に来てくれていたR-1グランプリで4年連続準決勝に進んでいる芸人仲間の徳原旅行に、自分の単独ライブでのネタからどれが良いか相談したところ、「元推しアイドルが参議院に出馬するネタ」が良いと言ってくれたので、予選までの3ヶ月間、毎月20本出てるライブの中でずっとそのネタだけを披露していましたね。
言葉やボケ方を調整しつつ1回戦に挑んだらすごくウケて、2回戦も同じようにすごくウケたんです。
ただ、2回戦で一度落ちてしまったんですが、追加合格で念願の準々決勝まで進めました。
準々決勝では元々やりたかった別のネタをやって落ちちゃったけど、、でも今年はとにかく研究し続けてよかったです。
例えば僕は無所属無名な芸人だから、無名な芸人が椅子に座って淡々とネタしても面白くないと思って、もっと動きをつけてみたり。あとは勢いも必要だったから、今年はテンションの高いネタをしようと最初から決めてて、そうして丁寧にネタを仕上げていきました。
【高円寺、芸人たち・メガネロック大屋】あまり努力とは思っていないけど、次回は決勝に!
今年のR-1グランプリは5457人が出場して、準々決勝まで進めたのは144人らしいので、準々決勝まで進んで、ルミネtheよしもとの場でネタができたのは本当に嬉しかったです。
また12月からR-1の予選が始まるので、そこに向けて今年は4月から毎月4、5本新ネタを卸すライブを始めていこうと思っています。やっぱりたくさん量をこなしていかなきゃと思ってて。
去年の10月に「R-1グランプリで漢字のところまで行く為のライブ」を始めて、それをやったら本当に準々決勝まで行けたので、今年は「R-1グランプリで決勝まで行く為のライブ」をしようと思っています。
準々決勝まで実際にいってみて、なんとなくここまでやれば準決勝までいけるってのがわかったので、いつもお世話になっているライブハウスでネタをやっていこうかなと思ってて。
でも今年は自分の中で最高記録を作った年だったので、来年はもっと超えていかなきゃいけない。
準々決勝、いわゆるテレビで見る有名な方もたくさんいたけど、おこがましいですがいわばライバルなので、自分がやってきたことをこれからもコツコツとやっていって、次回は決勝まで進みたいですね!あまり努力とは思っていないけど、もっと努力していきたいです。
【高円寺、芸人たち・メガネロック大屋】プロフィール
メガネロック大屋
1994年沖縄生まれ。フリーのピン芸人。
2020年に東京へ上京。R-1グランプリ2024準々決勝進出。
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ライタープロフィール
伊藤夏希
1998年生まれ。宮崎県出身、高円寺在住。
武蔵野音楽大学を卒業後、文筆家・写真家・ピアニストとして、東京・宮崎を拠点に活動中。
陽と陰をテーマに、人間らしいやわらかな世界観を表現している。
2024年4月14日 ピアノ&チェロデュオコンサート「夜明けには忘れるゴーストタウン」
2024年6月1日〜30日 伊藤 夏希×ビーンズ阿佐ヶ谷 写真展「Apoptosis」
2024年9月15日〜30日 伊藤 夏希 写真展「さざ波、呼吸」
2024年10月5日 ピアノトリオコンサート 開催予定