杉並区にゆかりのある人々の暮らしやカルチャーに焦点を当てる「ツブサ・スギナミ」。
今回お話を伺ったのは、マセキ芸能社に所属するお笑いコンビ つめたいごはんのコミネ氏。
大学卒業後に一般企業へ就職し、約10年間の会社員生活を経てから芸人の世界へと飛び込んだという異色の経歴の持ち主だ。
そんな社会の荒波に揉まれた経験から生み出される彼ら独自のネタや、高円寺のライブシーンでのリアルな過ごし方、そして30代から飛び込んだ厳しい勝負の世界で抱く「これからの目標」まで、たっぷりと話を伺った。
目次
10年間の会社員生活を経て、32歳でマセキ芸能社へ所属するまで

ーー マセキ芸能社に所属されたのはいつ頃ですか?
コミネ:2023年にマセキ所属になったので今で丸3年くらい、芸歴は4年目になりましたね。
ーー どのような経緯で芸人になろうと思われたんですか?
コミネ: 経緯としては、大学を出てそのまま普通に就職して、10年ぐらい事務職として働いていたんです。よくある話かもしれないんですけど、会社の組織との考え方のズレみたいなものを感じて、転職しようかなと思ったタイミングがあったんですよ。ただ、その時は別に「芸人に」とは思っていなかったけど、学生の頃に「ちょっと芸人やってみたら?」と言われたときのことを思い出して。
当時は「就職したくない(働きたくない)理由として芸人になりたいだけだろうな」と思って、普通に大学を出て就職したんです。でも10年経って転職するか悩んだタイミングで、「まだちょっとお笑いに興味あるし、1回やってみようかな」と。
そしたらそのタイミングで、今はもうないんですが「マセキゼミナール」という3ヶ月だけの養成所みたいなものを見つけたんです。他の事務所の養成所だと1年通って40〜50万円ぐらいするのが相場だと思うんですけど、その当時まだ会社でも働いていたので、一番安くてかつ短いところにしようと思って。そこでセンスがないとなれば、きっぱり終われるとも思っていました。 でも、そのゼミの中で「いいね」と言っていただけて、作家さんにも面倒を見てもらい、アドバイス通りにやっていったら、だんだんマセキ内でのオーディションにも受かるようになったんです。
そこでマセキに所属することが決まったタイミングで、会社も辞めました。
ーー きっかけはご自身の才能を信じて飛び込んだわけではないんですね。
コミネ: 全然そんなことないです。中高でバスケをやっていて、僕は全然ダメだったんですけど、身近に「こいつめっちゃ上手いな」と思う人がいても、プロには全く通用しなかったんですよ。「自分がバスケを始めてプロになれたのか」って考えたら、そんなレベルに全くいけなかったし、お笑いでも同じことが起きるんじゃないかと。「クラスで面白いと言われてるやつが芸人になったところで、100%通用しないでしょ」っていうつめたい視点は今も、その当時もありましたね。
ーー 相方のよしはるさんとは、どうやってコンビを組むことになったんですか?
コミネ: 芸人になるか考えたのが31歳だったんですが、周りの友達は結婚して家を買っていたり、仕事も軌道に乗っていたりする人ばかりだったんですよ。養成所で相方を探すにしても、20代前半の子たちと30過ぎの僕が組むのは気まずいじゃないですか。
どうにか相方を見つけなきゃいけないタイミングで、たまたま仕事を辞めて、離婚もして「何もやることない」という状態だったのが今の相方でした。年1回の忘年会で現状を知る程度の仲だったんですが、「一生懸命仕事を頑張ってきた人だし、途中でお笑いを投げ出さなさそうだな」と思って。「週に1回養成所に行くだけだから!」「ネタも全部俺やるし、セリフ覚えるだけでいいから!」とうまく騙して巻き込みましたね…(笑)
今となっては「ライブにめっちゃ行かなきゃ」となってるので、最初の約束とは違いますけど、なんとか続けてもらってます。
日常の違和感を昇華するスタイルと、高円寺のライブシーンでの温もり
ーー 会社員の頃はどんなお仕事を?
コミネ: 普通の事務職だったんですけど、僕の中では会社の話はあんまり口外しない方がいいなと思っていて。ネタの中でも「厄介な若手や新卒の子」とか、「当時の会社の中で起きた出来事や良くないこと」みたいなことを、ギリギリのラインを攻めながら言ってるので、当時の当人が見たら「自分のことかな?」と思われる気がして。会社のことは本当に誰にも言ってない、だから秘密です。
ーー 会社員時代の話もネタに反映されてるんですね…!
コミネ: 実話もありますけど、やっぱり「見る人が興味ある話がいいな」と思ったんですよ。人間関係や仕事って、誰しも興味がある気がして。生活していて「こいつ間違えてるな」と思うやつがいたら、そのことをネタで言ったりしていますね。
最初はいわゆる一般的なボケ・ツッコミを立ててやってたんですけど、それだと事務所内でウケなくて。どうしたらいいか分からなくなった時、たまたまTwitter(現X)のフォロワーが6人しかいないのを見て「30年生きてきてそんなわけねえだろ!」ってネタの中で言ってみたんです。そしたらそれが上手くハマって。
ーー そこからご自身の不満や日常の違和感をストレートに言うスタイルに変わったんですね。
コミネ: そうですね。例えば「『邪魔じゃないですよね。僕は常識ありますよ。』って顔しながら、お酒飲みすぎて道の端っこに吐いて気を遣ってるやついるけど、そこで吐いた時点でもうダメだから!」みたいなことを言ってるんですけど…(笑)
でもこのスタイルになる前、最初の頃なんかは他所のライブでこそこそとコント漫才をやっていたりもして、その一般的な形式でM-1に出たら普通に1回戦で落ちたんです。そしたらマネージャーさんに「何してんの?普段やってることやんないとダメでしょ」と言われて。それからは完全に今のスタイルだけで覚悟を決めました。
ーー お笑いをする上でも、会社員時代の経験が活きていると感じることはありますか?
コミネ:いろいろあるけど、何よりチケットの取り置きですね(笑)
僕たちはファンがまだ少ないので、知り合いにお願いする時もあるんですが、社会人時代の知り合いがいる分、呼べる人が多いのは助かっています。会社員時代に仕事を教えたり、めっちゃ飯を奢ったりした人もいるので、そこは攻めぎ合いなく「頼む!」と言えるのはでかいかもしれないです。
あと、学生時代は社会性もなくて変なことしたがりだったんですが、会社に入って「自分みたいなのは相当嫌なやつだ」と気づけて。どんどんふざけるのを削って、完全に社会に適合した状態になっていたんです。でも芸人になったら、今度は「ふざけ方」が分からなくなっちゃって…
ただ、10年間社会に出て必死にやってきた経験があるからこそ、「何が正しいか」という自分の感覚には自信を持っています。「自分が一番面白い」とは思わないけど、「自分の感覚が間違っていることはあんまりないよな」とは思えていますね。
ーー 高円寺の劇場「高円寺ジュンジョー」や「セシオン杉並」でもよくライブに出演されていますが、あの辺りでよく行くお店などはありますか?
コミネ: 僕はお酒を飲まないので、芸人仲間と一緒に行く時もご飯を食べる感じです。高円寺でのライブも多いので、空き時間にはエクセルシオールやサイゼリヤに行ったり、、なんだかチェーン店ばかりですね。昨日もサイゼリヤの窓際のボックス席にいました(笑)
あとセシオン杉並の近くで1個、めっちゃやばい飲み屋さんを見つけたんですよ!お通しで、どんぶりサイズの豚汁が出てきて「そんなん出るんだ!」ってびっくりして。家で食べるような家庭的なカレーも出てくるし、今時珍しいバカみたいな量でドカーンと出てくるんです。お店の名前が思い出せないのが悔しいんですけど…
ーー これを読んだ方がきっと全力でお店を探してくれると思います!セシオン杉並でされている集会室でのライブは、また独特の雰囲気がありますよね。
コミネ: めちゃくちゃ明るいし、舞台もないからお客さんとの距離が近くてバチンと目が合うんですよね。ただ劇場の予約がどこも詰まっている中で、行政の力を借りられるのは本当にありがたいです。会議室や和室を使わせてもらっているから、本来の利用者に本当に申し訳ない気持ちはあるけど、いつかきちんと恩を返すつもりで、みんな舞台に立っていると思います。
“人生で初めて負けたくないと思った” 芸人としての覚悟とこれから

ーー 会社員時代と今で、心境の変化はありますか?
コミネ: 楽しい反面、会社員よりもお笑いはよりシビアな世界だなと思っています。完全に実力主義で、結果を出さなかったら何にもならない。 これまでの人生を思い返すと、勝負事から「俺はいいよ」って逃げてきていて、真剣になれていなかったんだなと芸人になってから気付かされました。同期が上に行っているのを見ると「置いてかれたくないな」って思うし、「絶対負けたくない」って人生で初めて思っている気がしています。30歳を過ぎてから、心臓が鍛えられていない状態でこんな厳しい芸人の世界にきちゃったので、いろんなプレッシャーは社会人時代以上に感じていますね。
ーー 生活面での不安などはあったりしますか?
コミネ: バイトをして生活できるお金をもらってしまうと「この生活でいいや」と芸人生活も妥協しちゃう気がしているので、今はバイトはせず、会社員時代の貯金で生活しています。だから妻には「芸人しながら資格の勉強をして、いざとなれば就職できるように準備もしてますよ」というポーズを見せていて。要はフラフラしているわけじゃないよ、と。でも、そのまま勉強せず気づけば2年経っちゃいました…
ーー 芸人を始めるタイミングでご結婚もされたそうですが、奥さんの反応はいかがですか?
コミネ: 長く付き合ってきた人と2023年に結婚したんですが、帰りが遅かったり夜にいなかったりするのはやっぱり寂しいみたいで。だから、必要以上に喜ばせたり楽しませたりしてごまかしてます。芸人だからといって調子に乗ったりはせず、ライブ終わりにあるたまの飲み会も終電で帰りますし、ライブがない日は遊びに行かずに家にいます。「つつましく芸人をやってます」というイメージを必死につけていますね(笑)
ーー 仲の良い芸人仲間も増えている中で多方面に気を遣いそうですね…!
コミネ: もし自分が結果を出せなくて、この環境が変わっていったら、向こうは対等だと思ってくれていても、自分が引け目を感じて心から「楽しい」と言えなくなると思うんです。だから一緒に上がっていかないといけないし、負けられない。 成功して売れたいというよりは、「今の場所にいたい」「今の生活を崩さずみんなと一緒にやっていきたい」という気持ちの方が強いかもしれないです。ライブで会う今の生活サイクルからこぼれ落ちて「あいつ見なくなったな」とならないように、できる限り一緒にライブに呼ばれる存在でありたいですね。
ーー 今後の目標などあれば教えてください!
コミネ: M-1グランプリはやっぱり勝ちたいですね。最初は3回戦まで行けたらいいと思っていて、そしたら去年3回戦まで行けてだいぶ満足しちゃったんですけど、せっかくなら次は「準々決勝」に行くのが目標です。その先の準決勝とかは、まだ全然イメージが湧かなくて他人事みたいに思ってるんですけど…
芸人になるまで、あまり勝ちたいみたいな考えを持ったことがなかったんですが、芸人になってからこう思えるようになりました。
テレビに出るという目標もあるべきなんでしょうけど、今はまだあんまり考えられていなくて。ただ、前説に行かせてもらった時に上の先輩が話しかけてくれることがあって、そういうのがあると「いつかこういう人たちとテレビで仕事したいな」とも思ったりします。 「旅行好きだから旅行番組を」とか「映画好きだから映画の仕事を」ではなく、「この人が出ているから一緒に出たい」みたいに、全部人ベースで考えているのかもしれないです。
ーー ネタの中でもそうですが、人に興味があるんですね。
コミネ: とにかく人が好きなんだと思います。僕がよくやっている活動の中で「誰が聞いてんだよこれ」っていう事務所の後輩の自主ラジオを聴くことが好きなんですけど、「こいつどんなやつなんだろう」って思いながら聴いて、他の芸人に「あいつ、自主ラジオでこんなこと言ってましたよ!」って報告する。「お前、それなんで聴いてんだよ!」ってツッコまれるのが、なんか面白いというか楽しいんですよね。 そんな感じで、これからも、周りの人たちと一緒に楽しみながら、みんなで上を目指していけたらと思っています!
【つめたいごはん・コミネ】プロフィール

つめたいごはん コミネ
1992年、埼玉県出身。マセキ芸能社所属。
大学卒業後、一般企業での約10年間の事務職経験を経て、31歳の時にお笑いの世界へ。
同時期にかつての知人であった相方・よしはるを誘い、お笑いコンビ「つめたいごはん」を結成。
2023年よりマセキ芸能社に正式所属となる。
2025年のM-1グランプリで3回戦進出を果たし、さらに2026年には「ツギクル芸人グランプリ」の予選にも選出されるなど、賞レースでも確実に結果を残し始めており、今まさに熱い注目を集めている。
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【取材執筆・写真家 伊藤夏希】プロフィール

伊藤夏希
1998年、宮崎県生まれ、高円寺在住。
武蔵野音楽大学を卒業後、写真家 / 音楽家として、東京・宮崎を拠点に活動する。
2023年に開催した初の写真個展「この街で生きた、あの頃のこと。」を機に、これまでに計7回の写真展を行うほか、“伊藤日記”での名義でカフェやイベントを中心とした演奏活動、音楽配信も行う。
2026年6月23日〜30日、下北現像所にて8回目となる写真展「ピザ、廃墟、船を漕ぐ」を開催予定。


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