高円寺で待ち合わせ
「〇〇時に高円寺で」と待ち合わせすると、お互い待つ場所が微妙に違くて、連絡を取り合いやっと会えるということがある。
わたしはこれを高円寺あるあるだと思っている。
これから書くこと含め、異論は認める。
わたしは「高円寺で待ち合わせ」となると、無意識に駅前の広場に向かっている。
わざわざ改札の前を通り過ぎて広場で待っていたこともある。
自分でも分かっている、普通は改札前で待ち合わせるものだって。
なのにいつの間にか体が広場にいるのだ。
片方は広場、片方は改札前というのは、高円寺に住んでいる人と住んでいない人の待ち合わせで起こりやすい。
次は高円寺民同士の待ち合わせあるあるを書く。
とにかく異論は認める。
高円寺民同士の待ち合わせは「広場で」と事前に決まっていることもあるし、時間になって「広場にいるね」と言われることも。
いや違う、民は黙って広場待機だ。
これが1番多い。だからなんとなく会える。
ただ北の広場か南の広場かははっきりしないので、相手が住んでいる方向であっちかな?と予想し向かう。
(お互い相手の住んでいる方に向かって入れ違うこともある)
そもそもどちかかが遅刻、もしくは両方遅刻することも多い。
以前高円寺在住3人で待ち合わせしたら、待ち合わせ1分過ぎた頃3人同時に「もうすぐ着きます!」と同じ文言でLINEを送り合っていたのは最早感心した。
時の流れが同じである。
広場であればどちらかが遅刻しても待ちやすい。
塀とかベンチに座りながら待てるし、喫煙所もある。
明らかに他の街の鳩より丸々とした鳩を眺めるも良し。
わたしが遅刻したとき友達が本を読みながら待ってくれていたの、平穏な光景でしばらく眺めていたくなった。
すぐ行ってめちゃくちゃ謝った。
今更だけど駅前の広場のことをロータリーと呼ぶ人が多いけどわたしは広場派。
でも元々この広場はバス停だったらしいので、ロータリーの方が多分合ってる。
そもそも広場と言ってこの場所が伝わるのか不安になってきた。

現地待ち合わせのこともある。
こればかりはちゃんと事前に話しておかないと大事故になりかねない。
目的の場所によっては結構離れてしまう。
先日友達と4丁目カフェに行く約束をして、わたしは広場、友達は現地にいたということがあった。
近いから良かったものの、やっちまったと思いながら向かう最中写真を撮った。
この瞬間、わたしは「高円寺で待ち合わせ」について書こうと決意したのである。

CIRCUS OTARU 2025
一生大事に取っておきたい、高円寺での思い出の一つを共に作ってくれた親友のミュージシャン、グッナイ小形。
高円寺から北海道小樽へ移住した彼の小樽での初主催フェス、CIRCUS OTARU 2025へ出演してきた。
小形とは10年程前に出会った。
その頃はわたしも小形も生活にならない生活を送っていたけど、わたしも今はまあ何とかなって、小形は結婚して子供が生まれ。
お互いその日暮らしを重ねて生きてきた気がするけど、それでも人生や環境って変わっていくものなんだな。
小形家が高円寺を離れて半年経った頃、「小樽で大きなフェスをやりたい。のうじょうも出てほしい」と連絡が来た。
小樽のゴルフ場でのフェス。
簡単に作れるイベントじゃない、わたしなら目が回るだろう。
小形はどこにいても音楽から離れることがないのは分かっていたけど、今いる場所へ愛があって、美しさを伝えようとする姿に、友達として嬉しく思った。
そして一大イベントに声を掛けてくれたことを、ミュージシャンとしても嬉しく思った。
当日自分のライブ前後CIRCUS OTARUを満喫していたら、なんだかまるで高円寺な気がした。
小形が作ったCIRCUS OTARUの空間が、わたしの知っている高円寺の雰囲気と似ていた。
でも確かに吸っているのは小樽の空気で、見ているのは小樽の自然で。
高円寺とは違う、じゃあ何で懐かしいんだろうと考えていたら、まるで小形のようなイベントなんだと気が付いた。
彼の「サーカス」という曲がある。
この曲を聴きながら、小形にとっての高円寺はサーカスみたいなんだろうなと感じていた。
頭の中をそのまま見られる訳ではないから、小形の想像するサーカスとわたしの想像するサーカスは照らし合わせたら違うだろうけど、それもアートの良い所だ。
小形に対してこれまでずっと嫉妬もあった。
音楽を始めた時期も高円寺に来た時期も同じくらいで、負けたくない気持ちもあったし、才能が羨ましかったし、自分も頑張らなきゃって焦りもあった。
大切な友達なのに、そんな気持ちを抱いてしまう自分が嫌だった。
今でも全くない訳じゃない。
けどCIRCUS OTARUが開催されて、この日嫉妬という不純物は確かに無かった。
わたしも少しは前に進めただろうか。
小形が止まらず歩いているように。

友達が今生きている地の空気を吸い、歌を吐く。
思い出はかけがえない。
すがることもできるけど、わたしは今生きる為の糧にしたい。
あの頃があったから今の自分があるんだと、感謝したい。
わたし達は間違ってなかったねと、未来に笑って話せるように生きたい。
ただそんな生き方がしたいだけだ。
ヴィレッジヴァンガード高円寺店インストアライブを終え

先月のコラムで書いた、ヴィレッジヴァンガード高円寺店でのインストアライブが無事終了した。
6/18がアルバムリリース&インストアライブ、その前の一週間緊張や不安で、胃痛や肌荒れが異常に出るほどだった。
しかしライブが終わると同時に全てケロッと治った。嵐が去ったようだった。
ライブはすごい、ストレスはやばい。
それでも夢だったこの場所でのインストアライブ、楽しみでないはずがない。
当日は夢が叶った感動に浸りながらライブをするのかと思っていたけど、そんなことはなかった。
歌っている曲のこと、日々のこと、人のこと。
いつの間にかそればかり考えていて、このアルバムを作れて良かったと心から思った。
弾き語りのライブ、わたしは最近椅子に座ってやることが多い。
インストアライブの時もそうしたんだけど、演奏前わたしが椅子に座ったら、立っていたお客さんが次々に座り始めた。
ヴィレヴァンの床にそのまま。
もちろんわたしがそうさせた訳じゃないし、お客さん同士が話し合ってそうした訳じゃない。
なんでそうなったのか分からず不思議だったけど、それがわたしにとっては温かくて懐かしくて。
路上ライブの感覚で来て欲しいとは書いたんだけど、まさか路上ライブの景色がインストアライブにも広がるとは思ってもいなかった。
高円寺で路上ライブをやっていたあの頃を思い出して、昔も今も抱えて歌えた。
そんな気持ちになれたことが嬉しかった。
皆がわたしと同じ気持ちな訳はない。
座りたい人も立ちたい人もいて、お客さんにこうしてほしいと絶対に強要したくないから書くか迷ったんだけど、このコラムの場を借りて書かせてもらった。
意図は全くない、わたしのただの思い出。
先月のコラムで書いた星ノ夜ノボートの店長あやこさんが後日「別の場所で働いていたとき随分街に助けられたなと感じていて、今度は自分が街に恩を返す為、街になりたいと思ったんだ」話してくれた。
素敵だなと思ったのと、「街になりたい」の言葉に共感もした。
あやこさんと形や意味は違うけれど、高円寺の街の一部として過ごしたいというか、街と一体化して生活していきたい感覚があった。
生活面においても音楽面においても。
路上ライブの好きな所はそういう所だったし、インストアライブも近いものを感じていた。
いつかはわたしも高円寺に貢献できるような人間になりたいな。
「街になる」に近付きたい。
ライタープロフィール

のうじょうりえ
千葉県出身のシンガーソングライター、エッセイスト。
日々の悲しみや弱さや喜びの心象風景を「生きること」に視点を置いた文学的歌詞と言葉と共に、圧倒的なリアリティを持った美しい歌声とアコースティックサウンドで、自分自身と向き合う為の音楽を発表。年間でワンマンライブやサーキットフェスを含む200本近いライブ活動を行なう。
エッセイストとしても活動し、2022年より「ツブサ・スギナミ」にてコラムを連載中。
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