芸人・伽説いわし 連載:スギナミのど真ん中で大の字 #01「売れてないという自覚が肉眼で見える高円寺駅北口 ロータリー午後9:30」

高円寺


 私はお笑い芸人をしている。いや、してしまっている。一度きりの人生を「売れる」という奇跡に全ベットしてしまった至極愚かでおめでたい人間である。

もうすでに13年もの長い歳月を奇跡が訪れる可能性にかけてドブに捨てており、現在はドッロドロのドブ中2年生である。高校は一等地にあるキラキラ高校を目指している。

そこでは行き帰りは全部タクシーだし、学校の職員から高待遇を受け、授業後はファンが殺到するらしい。

現状行き帰りはもちろん電車、職員には覚えられていないし、ファンが声をかけてくるのではと期待していたら、ゆっくり駅まで歩いただけになったりはしているが、ここはどうにか踏ん張りたい。キラ高がだめだったらまた近所のドブ高に通うことになる。

もうあの先輩達の「えっ14年もやってるんだ」と、用意してきたアドバイスが全て水の泡になったかのような虚無顔を拝みたくない。

ちなみに、先ほど「行き帰り」と打ったのに「生き返り」と変換されてしまった。一度死んでしまっていたのは知らなかったが今生きているならよかった。


 私がドブ小5年生のとき、奇跡を起こすために地元大阪を離れ、高円寺という街に引っ越してきた。誠に遺憾であるが大阪では奇跡は起きなかった。

なぜ高円寺に引っ越したかというと各種ライブ会場に比較的行きやすい立地で、芸人が多く住んでいるからだ。

元々は、芸人が多く住んでいるような街は嫌だったし嫌がる芸人も多い。家に着くまでに我慢できずに缶ビールを持ちながらファミチキにかぶりついている帰路を見られたくない。

この逢瀬どうにかしてやるぞとめかし込んでちょっと高い声で喋っている姿なんて本当に何があってもどう考えても芸人仲間に見られたくない。私にとって死を意味する。

だから芸人が多く住んでいる高円寺なんかには住みたくなかった。

 しかし、上京した先輩に話を聞くと東京はとても寒いらしかった。春夏秋冬いつでも寒いときがあるらしい。

そんなときは、1人でいるより、同じ寒さを抱えた芸人仲間と肩を寄せ合って暖かくなるのを待つ。そうしなければドブに捨てた十数年が本当にドブになってしまうらしい。


 ここで一つみなさまに申し上げておく。私は自分の人生の十数年をドブにしそうなことを他覚しているが、自覚はしていない。恐ろしいか。恐ろしいよな。自分の身内にいなくてよかったと心から安堵しているか。

私は、私の今後出す結果によって、そしてお笑いが流行ることによって、このドブがあったから今の私がありますと、真っ白な部屋で今の家賃くらいの綺麗な衣装を着て(売れているからもちろん似合っている)微笑む未来が来ると自覚している。


 じゃあ、高円寺に住まなくたっていいのではないか。凍えそうな冬に、売れない芸人達で肩を寄せ合う必要はないのではないか。売れない芸人同士でお前は面白い、いつか売れるという言葉の薪をくべて嘘の炎で暖を取る必要はないのではないか。

 私は自分の人生の十数年をドブにしたことは他覚しているが、自覚もしかけている。長期にわたる他覚はもはや自覚である。

他人の考えの方が圧倒的に正しくて、いくら自分は売れるという強い自覚があったとしても、スプーンによってほろほろと崩れていくかき氷のようにいつかは跡形もなくなってしまう。

上京したくせにお笑いを辞めてしまったら今までの人生がドブである。だから暖かいところにいたい。


 いやいや、そんなことはない、お笑いをしていたという経験は自分の人生の糧になるはずだ。そう思ってくれる心優しき方もいるだろう。甘やかさないでいただきたい。他人の人生だからって安っぽい軽い言葉で元気づけようとしないでいただきたい。お笑い芸人としてやってきた13年間は今後の人生において何の役にも立たない。私が断言する。絶対に何の役にも立たない。役に立つと思っているやつは現実を見れていない。現実を見ろ。

今後の人生、4分の漫才を書いた経験がいつどこで生きるのか。芸人仲間から仕入れた身内しかわからないゴシップで一般人を笑かすことができるのか。高円寺ジュンジョーの予約の取り方がわかって何になるのか。

ドブ確定の人生から自分を救うのは売れていないことを自覚しないことだ。それ以外の逃げ道はない。


 いつものように仕事がうまくいかなくて高円寺駅を出る。夜の9:30にもかかわらず北口のロータリーには今を生きる若者が屯っている。

その中でギターを片手に歌うシンガーソングライターがいた。誰も立ち止まらない。失礼ながら私のシンガーソングライターバージョンのようだ。

近寄って見るとシミとしわが隠しきれていない。わかる、わかるよ。売れていないストレスからか顔色も悪い。髪に潤いがない。この人生、大失敗に終わるのではないかと焦りが見える。なんと肉眼で。

貴方が高円寺で歌うのは、この街のサブカル感に陶酔したいから?それとも暖を取る仲間がたくさんいるから?どっちでもいいけれど、できるだけお互い自覚はしないでおこう。幸いこの街には自覚せずにおめでたく生きてる奴らがたくさんいるから、一緒に暖を取ろう。


ちなみに私は、今日という日を失敗で終わらせたくないからロータリーを越えたところのサンドラックで1つ200円くらいの入浴剤を買って挽回しようと思っている。貴方が今日路上ライブが終わって、もしも失敗だったなと思ってしまったとき、サンドラックは閉まっているだろうけど、私が立ち止まって貴方の歌を聞いたことで暖が取れたらいいな。私が帰ってから大盛況やったらそれはほんまごめん。

edit & photo:伊藤夏希

にぼしいわし・伽説(ときどき)いわし

にぼしいわし・伽説(ときどき)いわし

1992年、大阪府出身。お笑い芸人「にぼしいわし」のツッコミ、ネタづくり担当。
2023年に拠点を東京に移し、個人事務所である「株式会社 A-dashi」を設立して活動中。
女芸人No.1決定戦 THE W 2024年大会にて第8代目女王となった。
また2025年12月に自身初となる著書『しょぼくれおかたづけ』をKADOKAWAより発売。

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