会社員からR-1ファイナリストへ。異色のピン芸人・どくさいスイッチ企画が語る高円寺との関わりと、夢の続き【どくさいスイッチ企画】

高円寺

杉並区にゆかりのある人々の暮らしやカルチャーに焦点を当てる「ツブサ・スギナミ」。

今回お話を伺ったのは、アミューズに所属するピン芸人 どくさいスイッチ企画氏。

2024年の「R-1グランプリ」において、アマチュアながら決勝進出という歴史的快挙を成し遂げた彼だが、大学卒業後から14年間は会社員として働きながら、趣味の「社会人落語」を通じて独自のお笑いを追求。36歳にしてお笑い芸人に転身した。

現在は長年勤めた会社を退職し、芸能事務所「アミューズ」唯一のお笑い芸人として活動している。一人コントの探求にとどまらず、俳優業や脚本執筆など、その活動の幅は広がるばかりだ。

今回は激動のキャリア転身の裏側から、ライブで頻繁に足を運ぶという「高円寺」との繋がり、そしてお笑い芸人としての野望まで。異色の経歴を持つ彼の現在地とこれからを紐解いていく。

会社員からアミューズ唯一の芸人へ。激動のキャリア転身


ーー 元々、子供の頃からお笑いはお好きだったんですか?

どくさいスイッチ企画:11歳まで神奈川に住んでいて、その後実家ごと関西へ引っ越したんです。その時期から演芸番組をたくさん見るようになり、漫才やコントなど、短い尺で何か出し物をやる「ネタ」の面白さにすっかりハマってしまいました。バラエティ番組よりも、とにかくネタ番組を見るのが好きでしたね。

特に最初はNON STYLEさんの漫才がすごく好きで、baseよしもとにもよく通っていました。ただ、「面白いけど、これは自分にはできないな」と思い始めたんです。2人で息を合わせなければいけない漫才は、自分には少し向いていないなと。

そんな時に、鳥居みゆきさんが一人でコントをやっているのを見て、「これなら自分にもできるかもしれない」と思って。そこから鳥居みゆきさんや劇団ひとりさん、バカリズムさんといった方々のコントに強く影響を受けるようになりました。

ーー元々お笑いを始めるきっかけは「落語」だったと伺っています。大学卒業後は長らく会社員をされていたんですよね。

どくさいスイッチ企画:大学を出て新卒で会社に入社し、22歳から36歳まで14年間、ずっと経理の仕事をしていました。今38歳なので、会社を辞めたのは本当に最近のことなんですよ。 学生時代、お笑いをやってみたかったんですが、私が入学した大学にはお笑いサークルがなく、落語研究部しかなかったんです。一旦そこに入って相方を探そうと思ったんですが、「必ず落語をやってください」というルールがあって。高校時代に演劇部だった経験も活かせるし、自分のペースでできる落語が性に合っていたので、卒業後も「社会人落語」の集まりで趣味として落語を続けていました。 

ただ、2020年頃にコロナ禍で落語会が全くできなくなってしまって。プロの落語家さんすら舞台に立てない中、どうしようか悩んでいたタイミングで、コント動画を送って競い合うアマチュアが出られるお笑いの大会を見つけたんです。そこにコントの動画を送ったら褒めていただけて。それをきっかけに、ライブにも呼んでいただけるようになり、徐々にお笑いの世界へとシフトしていきました。


ーーお笑い一本で生きていこうと決心されたのは、どのタイミングだったのでしょうか?

どくさいスイッチ企画:やはりR-1グランプリですね。実は2011年から2014年までR-1に出場していたんですが、その後は8年ほど落語しかやっていなくて。2022年に改めてR-1に出場したら準々決勝まで進むことができ、翌2023年も準々決勝に行けたんです。仕事よりも目に見えて成果が上がっていくので「もしかしてお笑い向いているのかな」と思い始めたタイミングでもありました。

そして2024年に念願の決勝へ進出できたことで、「ここまで来られたなら会社を辞めて、お笑いを続けよう」と決心できましたね。

ーー現在アミューズに所属されていますが、どくさいさん以外にお笑い芸人さんがいらっしゃらないんですよね…!

どくさいスイッチ企画:アミューズに猪塚健太さんという俳優さんがいらっしゃるんですが、彼が演技の勉強のためにYouTubeで一人コントの動画をたくさん見ていて、その中に私の動画があったらしく。それがご縁で猪塚さんのイベントに呼んでいただき、私の書いたコントを演じていただいたり、対談をさせていただいたんですが、そこでアミューズの方とも連絡先を交換していたのが最初のきっかけでした。 

それから数ヶ月後、アミューズの社員さんの中で「どうしてもお笑いを担当したい」と熱望する方が出てきて。その方は俳優さんのマネジメントを長くやられていたんですが、新しくお笑い芸人を入れたいとなった時に「そういえばこの間、俳優とイベントをやっていたヤツがいたな」と、思い出していただけたんです。私はフリーでしたし、事務所側はお笑い芸人がいないという状況が見事にマッチして、最終的に所属が決まりました。

ーー会社員の頃と比べて、ご自身の生活や感覚はどう変わりましたか?

どくさいスイッチ企画:まだ新鮮な感覚の中にいますね。経理という仕事柄、毎日同じ会社に行って、その中で過ごして帰るという日々を週5日で繰り返していましたから。今は毎日行く場所も、やることも違うので、かなり新鮮で面白いです。 

コロナになってお笑いを再開し、R-1の準々決勝に行き、2023年に結婚して、R-1の決勝に行って会社を辞める……。2022年くらいから激動すぎて、「夢みたいな日々で、全部嘘なんじゃないかな」というのが続いている感覚で、今も現実味はありません。

フリー時代の恩人との出会い、自らの足で開拓する「高円寺」の街とライブ事情


ーー 高円寺でもよくライブに出演されていますか?

どくさいスイッチ企画:「高円寺ジュンジョー」にはよく出させていただいていますし、規模の大きいライブだと「座・高円寺」にもよく呼んでいただいています。

ーー 高円寺に住む芸人、メガネロック大屋さんとのユニットも始まったんですよね…!

どくさいスイッチ企画:大屋さんは私がフリーで始めた頃から同じフリーの立場でやっていた先輩で、かなり早い段階でライブに呼んでくださった大恩人なんです。 

元々私は大阪で活動していて、お笑い芸人になるタイミングで上京してきてほとんど知り合いがいない状態だったので、大屋さんには本当に感謝していますし、あとは上京してからもお世話になっている高円寺での先輩芸人でいうと、にぼしいわしさんも。

2020年頃「お笑いBAR舞台袖」というライブハウスができまして。そこで社会人や学生だけが出るコンテストがあり、そのコンテストで勝ったチャンピオンたちが集まる大会で、にぼしいわしさんが審査員をされていたんですよ。

そこで私のネタを見て「うちのライブ出ませんか」と呼んでくださって。すでにTHE Wの決勝にも行かれていた方だったので、すごく緊張したのを覚えています。上京してからも、早い段階で呼んでいただいた先輩方にはすごく恩義を感じていて、大屋さんもその一人です。 今回のユニットも、事務所のライブでピン芸人を集める企画があり、そこで漫才をやろうと提案されたのがきっかけで、右も左もわからない私をサポートしてくださるのではないかと思って、大屋さんにお願いしました。6月の大屋さんのライブでもまた漫才をしますし、賞レースに出るか今相談しているところです。

ーー 高円寺では、他にどんな場所によく行かれますか?

どくさいスイッチ企画:座・高円寺の上にある「アンリ・ファーブル」が好きでした。最近「まぁるいカフェ」に変わりましたけど、カフェ自体がなくならなくてよかったです。あそこで過ごすのは好きですね。 あとは新高円寺に新しくできた「STUDIO TontoTonTon」という劇場でこの間ライブをやらせていただいたり。今日この後は、駅のすぐ近くにあるライブサロン「十話音(とわおん) 」というところでオープンマイクがあるそうなので、初めて行ってみようと思っています。

弾き語りの人が多いみたいですが、漫談でもOKとのことだったので、どんな場所かを知るためにも行ってみようかなと。今とにかく劇場が取れなくて、ライブができる場所を探しているんですよね。 商店街の方にある「TheaterCafe&Dining Proscenium」という、喫茶店と小劇場を併設したようなカフェも気になっていて。落語会などもやっているみたいなので今日行ってみたんですが、あいにく閉まっていました…

夢は“正月のネタ番組” ひとりコントや脚本業で広げる「夢の続き」


ーー 今はひとりコントがメインとのことですが、落語の舞台に立つことはあるのでしょうか?

どくさいスイッチ企画:私は本業の落語家ではないので、プロの方と一緒に落語をやることはできないと自分で線引きをしています。同じ立場の落語作家さんと会をやったり、芸人さんが落語をやる会に出させてもらったりするくらいです。今はひとりコントがメインで、お笑い芸人としてライブに呼んでいただくことが主なお仕事になっていますね。

ーー ご自身のルーツである落語と、現在メインにされているコントの違いや魅力について教えてください。

どくさいスイッチ企画:落語には昔からある「古典落語」と、自分で作る「新作落語」があります。古典落語はすでにテキストがあるので、既存のものをどう工夫するかで笑いを取れる良さがあるんですが、個人的には古典はプロの方がやって、アマチュアは新作をたくさん作る方が向いているのかなと思っているので、基本的に私は新作しかやっていません。自分で台本を書いて、自分の裁量で笑いが取れる。最初から最後まで全てを体験できるのが大きな魅力ですね。 

落語は15〜20分くらいやりますが、コントは基本的に4〜5分くらいの尺なので、落語とコントだとまとめ方に違いはあるなと。でも、落語を作るところからスライドしてきたので、音響を使ったり、照明を暗転させたり、衣装を変えたり、という発想があまりないのは私のコントの特徴かもしれません。

ーー アミューズに所属されてからは、俳優のオーディションも受けられているそうですね…!

どくさいスイッチ企画:そうなんです。俳優業というにはすごい抵抗があるんですけど、、「冴えない男」みたいな役のオーディションを受けに行ったりしています。もちろん落ちることもありますが、縦型のドラマや映画、テレビドラマにも出させていただいて、 全くやってこなかった分野なので、「こういう人たちがいるんだ」「こういう世界があるんだ」と、今は面白くやれています。

ただ、どれもやったことがなさすぎて、とにかくその場に適応しようとずっと必死ですね。手応えを感じる余裕すらなく、いただいたお仕事に対してなんとか応えなきゃいけないという気持ちでいっぱいです。

ーー お笑いの賞レースについてはどうお考えですか?

どくさいスイッチ企画:元々ずっと「決勝に行くこと」が目標だったので、そこからもう一段階気持ちを上げて「優勝するぞ!」というところになかなかマインドを持っていけていない、というのは正直ありますね。ただ、決勝に行けたことで本当に人生が変わりましたし、自分の中では決勝に行けただけでも本当にすごいことだと思っています。 

特に一番緊張したのは初めての準々決勝でした。「ここで頑張るぞ」と気合を入れていたので、準決勝からはある意味ウィニングランというか。決勝のステージに立っている時なんかは「自分が決勝に行くわけないのに」と、ただただ夢みたいな感覚でしたね。

ーー 最後に、今後の目標を教えてください!

どくさいスイッチ企画:今はとにかくコントを頑張ろうと思っていますが、その上で、大きな目標が一つあって、「お正月のネタ番組」に出たいんですよ。 これはずっと言っているんですが、お正月番組ってめちゃくちゃ売れているか、賞レースで優勝していないと出られないじゃないですか。

特にピン芸人は枠が少なくて難しいので、あの華やかな番組に呼ばれるようになりたいですね。 平場のバラエティ番組でワーッと盛り上げたりするのは多分私には向いていないので、やっぱりネタを中心に頑張っていきたいです。最近少しライブに呼ばれる機会も減ってきたので。受け身になるだけでなく、自分からライブを主催してとにかくネタをたくさんやっていこうと思い始めています。

あとは、芸人以外だと台本を書くお仕事もちょこちょこいただいていて。今年は単発のドラマ脚本をやらせていただいたり、演劇の脚本を書いたりもしました。珍しいお仕事だと、知り合いの浪曲師さんに頼まれて、浪曲の台本を書いてお渡ししたりもしましたね。 みんなで作る作品の中に参加できる楽しさもありますし、渡した相手に「評判良かったです」と感謝していただけると、やってよかったなと心から思います。もし自分が表に出る役目じゃなくなったとしても、そういった制作側のお仕事もどんどんやっていきたいです!

【どくさいスイッチ企画】プロフィール

どくさいスイッチ企画

1987年9月生まれ、神奈川県川崎市出身(11歳より兵庫県神戸市在住)。アミューズ所属。

大学では落語研究部に所属し、古典落語の改作「動物園」で第7回全日本学生落語選手権・策伝大賞を受賞。
社会人となって以降もアマチュア落語家「銀杏亭魚折」として活動し、社会人落語日本一決定戦で優勝。
2020年より「どくさいスイッチ企画」として本格的に一人コントを開始。
2023年に「全日本アマチュア芸人No.1決定戦」で優勝、2024年「R-1グランプリ」ではアマチュアとして初のファイナリストに。

<SNS>
Instagram
X(Twitter)
YouTube
note

【取材執筆・写真家 伊藤夏希】プロフィール


伊藤夏希

1998年、宮崎県生まれ、高円寺在住。
武蔵野音楽大学を卒業後、写真家 / 音楽家として、東京・宮崎を拠点に活動する。
2023年に開催した初の写真個展「この街で生きた、あの頃のこと。」を機に、これまでに計7回の写真展を行うほか、“伊藤日記”での名義でカフェやイベントを中心とした演奏活動、音楽配信も行う。
2026年6月23日〜30日、下北現像所にて8回目となる写真展「ピザ、廃墟、船を漕ぐ」を開催予定。

<SNS>
Instagram
X(Twitter)