芸人・伽説いわし 連載:スギナミのど真ん中で大の字#02「小杉湯があったら大丈夫」 

にぼしいわし・伽説(ときどき)いわし【お笑い芸人】


 ずっと2択を間違えてきた、我が人生。

 私は各ライフイベントで発生する2択をことごとく間違ってきた。やり直しがきくのなら、小学生からお願いしたい。全ての選択肢、逆を選んで素晴らしい人生にしてやる。

 私のことを嫌っている人間は、今のこの無様な私を見れば酒が進んで進んで仕方がないだろう。現在の私といえば、低収入で、仕事は少なく、ギリギリバイトをしなくていいレベル。自分は面白いと思って始めたお笑いは、もっと面白い人たちがいっぱいいて驚愕。自信を持って出したお笑いやあれこれも、評価には値せずに無惨に散っていく。賞レースで優勝するもずっと低空飛行で優勝させてもらったご恩を仇で返している状態が続いている。環境が悪いのではと悪態をつくも、その環境を選んだのは私で私の周りの人は何一つ悪くないことに気が付いて消沈。仕事の会議ではリモート画面から「お前の何がおもろいねん」がWi-Fiでほんわりと伝わってきて撃沈。突出した外見でもなく、突出した才能でもなく、特殊な経歴も持ってない。そのくせ突出した何かが必須な芸能界に入ってしまったのだからさあ大変。芸能界という大池にハマった私には、一緒に遊んでくれるどじょうはいない。

 幼少期、なかなか上手くならずに落ち込んでいるときにピアノの先生に言われた「あなたは100人の中では1位になれないけど、クラスの中ではまあまあ上位になれるレベル」という励ましが、私の人生そのものを表している。落ち込んでいるときは少し盛ってるはずだから、私には才能がないということだと、翻訳して落ち込む。一旦開き直って芸能界という大池から出ようとしたけど、戻って許されるお山もない。詰んだ。時すでに遅し、34歳。人生やめたろか。

 できすぎることも、できなすぎることもない。全ての芸人の下位互換こと私。給料泥棒と呼ばれても仕方ない。しかしこんな私にも関わり続けてくれる人たちはいる。わかっている。その人たちは私の能力に惚れ込んだわけではない。私の「なんかやりそう感」(=態度のデカさ)を信じて(=騙されて)くれている慈悲深い仏のような存在。いつもWi-Fi は切って本音が届かないようにしてくれている。お心遣いありがとう。痛み入ります。このエッセイの連載もそう。仕事をくれてありがとう。私に仕事をくれる全ての方へ。あなた方のやっていることはNPO法人で、募金活動で、無償の愛です。

 なのに、なのに。諦めの悪い私はまだまだ人生を立て直したいと思っている。この後に及んで自分に期待していることに嫌悪感しか抱かない。結局自分が大切だと思っている自分に虫唾が走る。このまま頑張れば輝かしい未来が来るかもとか思ってる自分に憎悪、憎悪、憎悪。小学生の時の私がなりたくなかった情けない大人にバッチリなっている。でもせめて、今まで私を助けてくれた方々にせめて何かを返せるくらいには立て直したい。じゃないと恨まれるし。極楽浄土にいけないし。ほらまた極楽浄土にいこうとしてる、憎悪。

 そういう毎日を過ごしていると、自分が美味しいご飯を食べることも、体を綺麗にすることも、許せなくなってくる。熱くもなく寒くもないちょうどいい家で、清潔な布団の中で、安全に眠ることすらも許せなくなってくる。笑うことも、心地いいと思うことも許せない。そうやって、仕事終わりに毎日家まで帰る。

 帰り道にある「小杉湯」は、私とちょうど対極にあるような銭湯だ。いつでも若い人からお年寄りまでたくさんの人で賑わって、おしゃれなのに歴史があって、必要なものが全てある。羨ましい。私も小杉湯になりたかった。小杉湯は全ての2択を間違えずにここまで来た銭湯だろう。偉い。

 シャンプーもリンスも化粧落としも洗顔も全部ある。髪の毛を乾かす前のヘアトリートメントまである。短髪の私は使わないけど長い髪の毛を結ぶヘアゴムもある。もう、もうやめてくれ!と思う。至れり尽くせりの銭湯から成功者の余裕を感じて苦しくなる。

 でもそれにたっぷり甘えたい日がある。私には奇しくも明日が来てしまうからだ。限界だけれども、絶対にもう一踏ん張りしないといけない。諦めてはいけない。自分が生きていることを許せなくなってはいけない。私には、私のことを嫌いな人がたくさんいて、もちろんほとんどが無感情で、私がどうなったってどうでもいい世界に生きている。でも、私を大切に思う人がこの世に少しだけいて、その人たちのために明日からも元気に生きて生かなければならないときがある。だから私は私を大切にしないといけないけれど、それは自分自身の力ではできないときがある。私は自分を大切にしないといけないよと背中をさすってもらわないと明日を迎えられないときがある。そんなとき、商店街から覗く「小杉湯」の看板が私の視界にぬっと侵入してくる。

 あつ湯は43度ですごく熱い。3日に1回くらいのペースで入浴剤が変わる。入浴剤の生産者の方の声や、なんでこの入浴剤を使っているか小杉湯の方々のこだわりがラミネートされた紙に書いてあって、お風呂の壁にかかっている。熱いのだ。こだわりが。湯の温度に負けないくらいの熱さなのである。このお風呂に浸かった人全員が癒されてほしいという気持ちが熱く詰まっている。私はその熱さに自分のことを大切にされている気がした。そして、自分のことをもっと大切にしていいのだと言われているような気がした。

 ご丁寧に熱湯が出る部分にラミネートされた「熱湯」と書かれた注意書きも、みんなが心地よく入れるようにお風呂の縁に座らないでねという可愛い注意書きも、隅々まで気配りがなされている。お客さんのことを一番に考えているその姿勢を見たら、自分のことを無碍にはできなくなってしまった。私も私のことを労わっていいのかもしれない。

 あつ湯から水風呂に移動して体をしっかり冷やした後、カランの前でゆるまるのが好きだ。自分の顔を鏡で見ると、もうすでにまだまだやれる顔になっているのだ。

 その後、ミルク風呂に入って肩まで浸かって、一気に鼻から息を吸う。甘くて優しいミルクの香りは私の味方だ。いつだってどんなときだってこうやって変わらずに優しく香ってくれる。

 でも、なぜかヘアドライヤーは20円かかるのだ。そこまで至れり尽くせりだったらヘアドライヤーも無料になりそうなのに。貸しタオルは番台前のザルに返さないといけない。脱衣所にでかいタオル入れがありそうなのに。

 でも私はそこが好きだ。全てを与えない優しさがそこにはあって、お風呂で全回復して戦場に戻る私にはそれが心地いい。こっちが全てを与えなくても貴方は歩いていけるって信じてもらえているような気がする。なんでそんなに全てがわかるのだろう。もしかしたら小杉湯にもそんな経験があったのかもしれない。

 いつだって何があったって、そこにいけば優しくしてもらえる場所がある。復活できる場所がある。こんなに心強いことがあるだろうか。私は小杉湯があるからこれからも大丈夫な気がしている。いくら自分が自分のことが許せなくなっても、自分のことを許してくれる小杉湯があるから。小杉湯があったら大丈夫。小杉湯があれば頑張れる。定休日の木曜日だけは自力で頑張るけど。


edit & photo:伊藤夏希

にぼしいわし・伽説(ときどき)いわし


にぼしいわし・伽説(ときどき)いわし

1992年、大阪府出身。お笑い芸人「にぼしいわし」のツッコミ、ネタづくり担当。
2023年に拠点を東京に移し、個人事務所である「株式会社 A-dashi」を設立して活動中。
女芸人No.1決定戦 THE W 2024年大会にて第8代目女王となった。
また2025年12月に自身初となる著書『しょぼくれおかたづけ』をKADOKAWAより発売。

<SNS>
Instagram
X(Twitter)
YouTube
note

<ライブ情報>

にぼしいわし 第7回単独ライブ『ウケた?』

これまでいろんな形の単独ライブに挑戦してきたにぼしいわし。
今回は「ウケ」にこだわります。
終わった後にみんなに聞きます「ウケた?」って。

ーーー

「東京公演」

2026年8月7日(金)
開場:19:00
開演:19:30
終演:21:00
会場:杉並公会堂

「大阪公演」

2026年8月11日(火)
開場:19:00
開演;19:30
終演:21:00
会場:新世界ZAZA HOUSE

チケット料金
FC先行:3500円(未発売「ウケた?」ポストカード付き)
一般:3500円
当日:4000円
配信:2000円
(8/7の東京公演の様子を配信)


⁡ーーー

FANY Ticket
TIGET



※本記事はamazonアソシエイトリンクを含みます。