共犯者・国京が日々の生活の中で立ち止まって見つめる、これからのスタートライン【共犯者・国京】

西荻窪

松竹芸能所属のお笑いコンビ 共犯者。そんな共犯者でネタづくりとツッコミを担当していたのが、今回取材した国京だ。

地元である北海道の大学を卒業後、一度はサラリーマンとして就職するも、2年で退職し芸人の道へと進んだ異色な経歴の持ち主。そんな彼が2020年に結成したコンビ 共犯者は、昨年のM-1グランプリ2025にて準々決勝に進出するなど、さらなる飛躍が期待されていた。しかし今年の4月、相方の洋平さんが26歳という若さで急逝。

現在、彼はどのような日々を過ごしているのか、またお笑い道へ進んだ意外なきっかけから、これからの未来について、西荻窪の街を歩きながらたっぷりと話を聞いた。

エレベーター設計から一転。お笑い芸人への道を切り開いた決断

ー 地元の北海道から上京されたのはいつ頃だったんですか?

国京:大学を卒業して就職のタイミングで出てきたので、22歳くらいの頃ですね。最初は就職して、エレベーターの設計をやっていました。大学は理系で、工学部だったんですよ。でも正直言って別にエレベーターの設計をやりたいわけでもなく…大学のみんながそういう方向に行くから僕も流れで就職しただけで。そしたらもう仕事がつまらなすぎて、結局2年で辞めましたね(笑)

社会人2年目の頃は、松竹芸能の養成所に通いながら働いていました。養成所に通いながら1年働いて、松竹所属になると同時に仕事を辞めた、みたいな流れですね。

ー 数ある事務所の中で松竹芸能を選んだ理由は?

国京:働きながら通える養成所を探していて、松竹が土日に開講していたので、会社員をしながらでも通えたんですよね。土日に通えるって理由で松竹を選んだだけで。結構いろんな人から「なんで松竹なの?」って聞かれるんですけど、マジでこだわりはなかったです。

ー そもそも理系の大学に進まれたのは、ご自身の希望だったんですか?

国京:親に「文系の大学だったら行かせない」って言われたんですよ。文系だったら遊ぶだけだろって言われて、それでただ理系に無理やり行っただけで。全然理系が得意とかではなかったんです。ちょっと数学はまだできる方だったってくらいなんですけど。それで地元の北海道の大学に行きましたね。

ー 学生時代はどんな風に過ごされていたんですか?

国京:理系に進んだのもあるかもしれないですけど、大学生ってもっと遊べるかなと思っていたら、1限から4限まで授業がみっちりあって、そんなにたくさんは遊んでいないかもしれないです。ただ工学部というのもあって、1学年全体で120人ぐらい生徒がいる中で、女子は1人か2人しかいない学科だったので、男子校みたいな楽しさはありました。

中学・高校の頃も僕自身はそんなにめっちゃ目立つ感じのキャラクターでもなかったんですが、いろんな人たちの中間にいた気はします。高校まで野球部だったので、やっぱりお調子者も周りにめっちゃいて仲良かったし、かといってヤンキーでもなかったので(笑)明るいやつとも静かなやつともフラットに話してました。

ー そこから、なぜ芸人をやろうと思ったんでしょうか?

国京:なんかでも、やっぱりサラリーマンがつまらなすぎたんですよね。パソコンを使って図面を書くみたいな仕事だったけど、今思い出しても難しくてよく分かっていなかったです。それでいて自分にはこれといった趣味や目標もなかったんで「自分は何が好きだろう」って考えたら、やっぱお笑いだなと。

ー 昔からお笑いはお好きだったんですか?

国京:世代的には『エンタの神様』とか『爆笑レッドカーペット』を見て育ちましたし、バラエティで言ったら『めちゃイケ』『はねるのトびら』『しゃべくり007』も好きでした。漫才だとサンドウィッチマンさん、NON STYLEさん、パンクブーブーさんとか、2007年〜2009年あたりのM-1グランプリが好きで。あと北海道で言うとタカアンドトシさんがスターで、そこへの憧れもあったのかも。

ただ、そんなに自分が芸人をやるとは思っていなくて。中学生の時に1回だけ、親に「マジで何もやりたいことなかったら芸人やるわ」みたいなことを言ってた記憶はあります。本格的にその時からやろうと思ってたわけじゃないけど、結局お笑いが一番好きだったから、お笑いの道に進んでみようと思いましたね。

相方の急逝、それでも芸人を辞めない理由

ー 就職で上京されたということは、東京への憧れは強かったんですか?

国京:東京にはなんとなく出たかったですね。北海道はやっぱ面白くないですよ、住んでたら飽きます(笑)土地は広いけど、世間が狭いしすごく田舎ですからね。

ー 上京してからこの杉並区や高円寺あたりにはよくいらっしゃいますか?

国京:芸人をやっていると高円寺や阿佐ヶ谷なんかでのライブもやっぱり多いので、それなりによく来ていましたかね。高円寺ジュンジョーでのライブにもちょくちょく出たりしていました。
家からも割と近いので、比較的アクセスも良くて。

だけどもう高円寺や杉並区には芸人が多すぎるから、そんなに長居したくないですよね(笑)ライブで会うぐらいがちょうどいい。

ただ高円寺でのライブの後にたまに飲みに行ったりする時間は「芸人やってるな」って感じがして好きでした。今日来ている西荻窪も散歩しやすい街だし、好きなエリアだなと思います。

ー 今はどんな生活を送られていますか?

国京:今はバイトしつつ、たまに呼んでもらうライブなんかに出る感じですね。休みの日も割と1人でいることが多いです。月2回ぐらいは芸人仲間に呼んでもらって、サッカーやったりとかはしてますけど。あとは仲良い芸人仲間に呼んでもらったら飲みにも行くし、一人のんびり家でNetflix見たり。

仲良い人ってなると、やっぱり事務所(松竹芸能)の人と会うことが多いかな、結局。同期もいますけど、先輩といることの方が多いかもしれないですね。ブリキカラスとか風穴あけるズさんとか。あとは事務所以外にもいろんな事務所の人が集まってるユニットライブをやってたから、足腰げんき教室とかも仲がいいですね!

ー ひとりでのお笑い活動はどうですか?

国京:相方が亡くなった時は、本当にこれからどうしようかなと思いましたね。辞めるっていう選択肢もありましたし、年齢的にももうすぐ30歳手前というのもあって、かなり考えました。でも、結局やっぱり芸人といるのが楽しいし、芸人であり続けるのが今は楽しいので。それがあるから辞められないなっていうのは、ちょっとあるかもしれないです。

ー 芸人仲間に支えられている部分も大きいんですね。

国京:ただ芸人仲間と遊ぶためだけに一緒にいるのは、さすがに都合がいい気もするから。だからちゃんとネタを作ってやっていかないと、ちゃんとお笑い活動をしなきゃなとは今思ってます。これまで病んだことって一回もなくて、お笑い芸人をやってて「今日スベったな」と落ち込むことはあっても、引きずったことはないし、泣くことも寝れないこともなかったんです。でもマジで、相方が死んだ時ぐらいですかね、そうなったのは。あんなに早く死ぬなんて、何があるか分からないなって、本当に思います。

次に僕がなにかしら動くとなったら、多分フィルターみたいなのがかかるじゃないですか。それで変に見られるのも嫌だなと思うし、そんなフィルターかけずに適当に見てもらっていいんですけど。それは難しいと思うんで、これから動くタイミングや時期もちょっと考えなきゃなと思いますね。逆に変なプレッシャーみたいなのも感じるし。
とにかくみんな、今は気遣いすぎず適当に接してもらえたらいいですかね(笑)

ー そんな中で最近はTikTokライブも始められたそうですね!

国京:夜1時間ぐらいですけど適当に喋って、ゆるくですが配信してます。なんかそういうのやっておかないと、本当にダメになるなと思って。少しでも喋る場が欲しいという気持ちで7月から始めました。

最近あったこととかコメントを読んで、恋バナを聞いて勝手に喋ったり。なんか、下積みみたいに頑張ってる風に今話してますけど、実際大したことないですから。
俺も含め、みんなちょっと芸人に酔ってるとこあるから、本当に(笑)
ただ売れてないだけなので、こういった活動も頑張っています。っていうアピールはしておかないと!

再びM-1の舞台へ。もがきながらも見据える新たな未来

ー 去年のM-1グランプリの準々決勝、拝見していました。共犯者のお二人の漫才は本当に唯一無二で面白かったです。漫才のネタは国京さんが書かれていたんですか?

国京:ありがとうございます。でも去年はネタが飛んじゃったんで、あんまりいい思い出でもないんですけどね…(笑)

ネタは僕が作っていました。ただ洋平に何をさせたら面白いか、みたいな感じで作っていた部分もあるので、自分の今までのやり方がこれからどこまで通用するか、これは本当に分からないですね。人に寄せながらネタは考えていたので「じゃあ本当に自分がめっちゃやりたいことをやっていたのか?」って言われると分からないんですよね。だからこそ、そこも改めて探さなきゃなと。

ー 今年はM-1グランプリに出場される予定ですか?

国京:いや、出ないですかね。もともと出ないつもりでいたんですけど、M-1が始まってからなんか出たくなったら出ようかな〜とふんわり思っていました。でもやっぱり今年は出ないですね。

ちょいちょい誘ってくれる人もいるっちゃいるんですけど、そこまで心は動いてないかもしれないです。今は漫才も全然何もやってなくて、ちょいちょいトークライブとか企画系のライブに誘ってもらったら出てる、って感じです。もともとピンでやってこなかったんで、ひとりでのネタもまだ考えられていないですね。

ピンネタもやっていきたい欲はあるんですけどなかなか難しそうで……だけど将来的には1人でもちゃんとやらなきゃなとは思います。ピン芸人は本当にすごいですよ、一番尊敬してます。
MCなんかもやりたいですけど、やっぱり“ネタがあってこそ”みたいなイメージがあるんで。それでもやっぱり漫才はもう一回やりたいですね。

ー やっぱり漫才がお好きなんですね。

国京:コントより漫才が好きかもしれないです。自分が単純に向いてるっていうのもあるかもしれないですけど。コントはなんかちょっと、恥ずかしくなっちゃうというか(笑)
やっぱり演技するのも難しいですし、まだ漫才の方が向いているのかなと。

だから来年はさすがに出たいかな、M-1。来年出なかったら、もう多分やる気出なくなっちゃいそうだから、来年には色々決めて動いていきたいですね。即席で組んで中途半端な状態で出るのはしたくないので、良い人がいればなと。

ー 最後にこれからの目標や、やっていきたいことはありますか?

国京:今まさにそれをめっちゃ探してる段階ではあるかもしれないです。コンビの時はとにかくM-1で決勝に!みたいな感じだったんで。コントの大会にも出てなかったし、ずっとM-1に向けてしかやってこなかったので。だから今、本当に自分がどうしたいかを探す時間かもしれないですね。

あ、9月にベトナムに行くんですよ。だから今はこのタイミングだしのんびり模索します。今年いっぱいぐらいはまだ海外行ったりとか、ゆっくりしててもいいのかなとは思ってますけど、年明けぐらいで動き出せたらいいですかね。

【共犯者・国京】プロフィール

共犯者・国京

1997年、北海道出身。松竹芸能所属。
2020年に「共犯者」を結成し、M-1グランプリ2025では準々決勝に進出。

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【取材執筆・写真家 伊藤夏希】プロフィール


伊藤夏希

1998年、宮崎県生まれ、高円寺在住。
武蔵野音楽大学を卒業後、写真家 / 音楽家として、東京・宮崎を拠点に活動する。
2023年に開催した初の写真個展「この街で生きた、あの頃のこと。」を機に、これまでに計7回の写真展を行うほか、“伊藤日記”での名義でカフェやイベントを中心とした演奏活動、音楽配信も行う。
2026年6月23日〜30日、下北現像所にて8回目となる写真展「ピザ、廃墟、船を漕ぐ」を開催。

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