編集長のシゲタです。
カメラマンである「YOUNG HAMA」と「向井聡」による連載『連写真』。
2人で写真を交互に3枚出して、対話する企画。
会話の様なカードゲームの様なラップバトルの様な、不思議な掛け合い。
今回は、追悼・高杉カンナレエラさん。
高杉さんは、2022年7月某日帰らぬ人となった。
大阪堺市出身、ピアノを弾くロックミュージシャン。
高円寺では奇抜なルックスから有名な人で、夜の北口ロータリーで見かけることが多かった。
北口の友人らに聞いても、死因はよくわからない。
私は直接ほとんど面識なかったのだが、高円寺のロック好きからとても愛されているのを知っている。
私は、高杉さんとの初対面が強烈だった。
それはある日、閉店間際のスタジオドム。
私がロビーでドムのオーナーや友人らと話をしていたら、高杉さんが呂律回らない感じで「明日ライブあるから~ピアノ貸して~」とロビーにあるフリーピアノを弾きに入ってきた。
高長身でやけに整った顔立ち、赤髪、サングラス、ヒョウ柄コートにスタッズ付きピンクブラジャーを付けていて、おもむろに弾くピアノは直感的でどうにもでたらめに聞こえたので「あ、この人は関わっちゃいけない人だ」と思い、こわごわベンチに腰掛けていた。
私が座っていた位置が高杉さんに一番近かったので、ピアノを弾きながら私に『世界平和について』とうとうと話しかけてきたので返答に困り、その場から逃げたい思いでいっぱいだった。
そして高杉さんはドムオーナーに「聞いて聞いて、First Love弾くからちょっと聞いて!」と言っておもむろにピアノを弾き始めた。
それがやはり超直感的な演奏だったのだが、オーナーは「なんだろ、、えと、もうちょっと練習した方がいいっすね。」と返答した。
ダイレクトな回答だったので、高杉さんはどう反応するんだろ?と思って恐々見たら、高杉さんは爆笑していた。
そのやり取りを見た瞬間に、あ、この人見た目の割りに怖い人じゃないなと思った。
更に言うと私は、その日を境に高円寺のたくさんの人たちと上手く関われる様になった。
高円寺には沢山の人種がいるが、高杉さんは人と関われる幅を広げてくれた人だった。
直接かかわりがなくても、回り回ってたくさんの人に影響を与えてくれた人なのだと思う。
そんな人が居なくなったことは、高円寺ひいては日本、今の時代に大きな痛手だとひしひし感じている。
ご冥福をお祈りいたします。
「YOUNG HAMA」と「向井聡」の写真で伝えて、写真で返す掛け合いを、じっくり見てみてほしい。
写真を対比し、二人の個性を探す楽しさもある。
「会話って、手に取るようにわかることがあれば、成り立たないことだってある。」
だからこそ自由に。
連写真 : 向井聡 ⇄ YOUNG HAMA
合掌。
⇒次回は、9月中旬更新予定です。
プロフィール:
向井聡
1985年生まれ。怒りにまかせ壁を殴り
拳が粉砕骨折したのをきっかけに写真を始める。たかが写真、されど写真。愚直で安直なストレイトフォトグラフ。高円寺北口広場の一夏の人間模様を収めた写真集「目やにおんなとかぜひきおとこ」発売中。
YOUNG HAMA
1992年生まれ。長崎県出身。
人の「生き様」をテーマに写真活動を行う。
様々な人が交わる街、主に渋谷、高円寺を舞台としたILLなアンダーグラウンドを写し出す。