高円寺に関わる芸人にフィーチャーし、これまでの生き方や高円寺での暮らしにまつわるエピソードを深掘りしていく「高円寺、芸人たち」。
今回取材したのは「女芸人No.1決定戦 THE W」にて2024年、見事8代目女王に輝いた、お笑いコンビ「にぼしいわし」の伽説(ときどき)いわし氏。
これまでの大会でいなかった漫才2本での腕前で頂点に立った彼女たちだが、ネタ作りを担う伽説いわしの素顔は驚くほど冷静で、深く悩み、どこまでも“人間臭い”。
THE W優勝直後にオファーを受け執筆したという初のエッセイ集『しょぼくれおかたづけ』(2025年12月発売)には、そんな彼女の等身大の葛藤が綴られている。
今回、著書の出版を機に伽説いわし氏にインタビューを敢行。本に込めた「傾聴」の思いから、過酷だった大阪での下積み時代、そして上京してから高円寺での暮らしと、女性芸人としての現在地や今後の野望まで、たっぷりと語ってもらった。
目次
「傾聴」の姿勢と、意外なほどに内省的な素顔

ーー『しょぼくれおかたづけ』出版おめでとうございます!読者からの反響はいかがですか?
「本を読んで飲みに行きたくなった」「意外と人間みがあるね」と言っていただけることが多いです!もっとガシガシしたロボットみたいな人間だと思われていたみたいで…(笑)
ファンの方はもちろんですが、知り合いの知り合いで、心病んでいた時期に読んでくれて、「救われた」「お笑いを見てみようと思う」と言ってくれる方もいました。その一人が救われてくれたのなら、この本を出せて本当によかったなと思っています。
ーー出版のきっかけは、THE W優勝直後だったとか。
THE W優勝直後にはじめていただいたお仕事でした。元々、KADOKAWAの編集者さんがずっと私のnoteを読んでくれていたらしくて、ただ芸人が本を出すとなると「何をした人なのか」というタイトル(肩書き)が必要で、それもあってずっとタイミングを探ってくれていたみたいで。
決勝でネタを披露している最中にメールを打って、優勝が決まった瞬間にメールを送ってくれていたんです。
ーー本の中では、いわしさんの「一歩引いてものを見ている」視点や、自分のためでなく“人のためなら”という性格が印象的でした。
自分に自信がないというのもあるんですけど、自分のためだと途端に頑張れなくなるんですよね、昔から。例えば後輩コンビが解散しそうになったら「何か私にできたんじゃないか」って深く考えてしまうし、個人的に不義理だなあと思う後輩でも、放っておけばお互いのためなのに、助けを求められたら嫌な思いをしながらも助けてしまったりして。で、結局嫌な思いをしてしまった時もあるし…いい意味でみんなドライだったりするのに、私はやさしさじゃなくて、執着がすごいのかもしれません。
人だけでなく自分の気持ちにも執着していて、嫌なことがあっても「自分の実力が足りなくて甘えているだけじゃないか」と内省や振り返りをすることが多いので、よくごたついちゃうんです。
人間関係を整理するときに、人と離れることも難しいし、離れる理由を話さない人も多いじゃないですか。けど私はきちんと向き合おうとしちゃうので、私と同じような感覚の人に、この本が刺さっているのかもしれません。
ーーだからこそ、読者に寄り添うような文章になるのですね。本の中では、まず「話を聞く」という姿勢を大切にされているようにも感じました。
芸人がライブやテレビで滑った時って「飯を食ってビールを飲んで、寝たらあっさり立ち直る」みたいな人も多くて、もちろんそんなこともない人もいるんですが、私は特にそうやって立ち直れない時もあって。あと、深く落ち込んでいるときって、まずお笑いすら見ないと思うんですよ。
だけど、お笑いが見れないときでもこういった本や文章で笑ってもらうことで、まっすぐ明日からも生きていけるようにするのも、芸人としての役割だと思っています。
だから、この本の中ではただ笑わせるだけでなく、まずは「傾聴」というか、話を聞くということも大事にしました。話を聞いた上で私の力で笑わせられたらなって、まぁ全然笑わせられていないんですけどね…(笑)
ーー実際にTHE W優勝を経て、こうして本を出版されてからのご自身の現状を客観的にどう見ていますか?
Wで優勝したら自動的に売れると思っていたんです。でも、意外とスタートラインに立っただけで。でもチャンスをいただける機会は増えました。だから、売れるにはもっといろんなことを自分からしなきゃいけなかったというのは、優勝しなきゃわからないことでした。テレビに出ても自分たち以外の方が多くフィーチャーされる感覚があるし、テレビ関係者の方と飲んだときも微妙な感じ、気に入られていないような感じもしていて…被害妄想ですけど(笑)
それに300〜400人キャパのライブをバンバン埋められるような人気芸人にならなきゃと思うと、今の状態はまだ「そんなに売れていないな」と冷静に見ています。
堅物だった学生時代から、過酷な“二足のわらじ”を越えての上京
ーーそもそも、芸人になろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
中学生までは堅物で真面目な優等生みたいな感じで、その当時は学校の先生になりたかったんです。でも、高校の時に相方(香空にぼし)に出会って、「こんなに自由で、人のことを気にしてない奴っているんだ」ってびっくりして(笑)
それがまた自然体で面白かったんですよね。相方が遅刻とか忘れ物とかしてもみんなが笑いに変えるんですよ。だったら私がやってしまったことやマイナスな出来事も面白くなるのかな、と新しい感覚になったんですよね。
それからクラスの隅っこで一切男子と喋らない最悪の女子のグループができて、陽キャの男子に対抗してうちらの方が面白いとか言い出して、なぜかその延長で漫才をやりだしていました。ただ別にお笑い芸人に向いている感覚はなかったですかね…
ーーお笑いに向いているとは思っていなかった?
全く向いてると思ってなかったです。ただハイスクールマンザイに出た時に、霜降り明星さんがいて「高校の時点でこんなレベルの高い漫才をしてる人たちがいるんだ」と衝撃を受けて。「そしたら漫才、向いてはいないけど極めてみるか」と、学生時代の堅物な考えが発動したんです。変ですよね。
今でも感覚やセンスで芸人をやっている人間には勝てない、私は芸人向いてないなとも思いますけど、努力でどうにかなる可能性のある世界でもあるので、悲観はしていません。
ーーその後、大阪で働きながらお笑いを続ける時期があったそうですね。
経歴としては高校を卒業してから大学に入学して、その後大学2年生のときにNSCへ入学しました。
NSCの同期にはゆりやんレトリィバァがいて、当時からすごく面白かったので「自分はお笑いだけでは無理だ」とその時点で思って、それからひとまず地に足をつけながらお笑いをすることにしました。就職して2、3年目くらいの時にM-1グランプリで3回戦までいけて、「もしかしたらお笑いだけでもいけるかも…!」と思って、それから数年後お笑いに専念しました。
大学を出てから職場で働いて、土日は朝から晩までライブして……当時の記憶は本当にないですね(笑)
平日は仕事して、土日は朝から道頓堀でライブの呼び込みをして、ネタを何度か披露して、夕方と夜にまた別の大きめなライブに出て、夜10時に終わって、翌朝7時には出勤。ネタも書けずネタ合わせもできず、「お笑い1本に絞ったらうまくいくはず」ってどこかで思いながら仕事をしていました。
実際はお笑い1本にしても難しいことでしたけど…
ーーそこから、上京を決意した理由は?
元々大阪市内出身なのもあり、大阪に骨を埋めるつもりだったんですが、大阪は9割が吉本の芸人さんで、私たちは残り1割のフリーの芸人。テレビやM-1グランプリでの決勝を考えると、自分たちでレベルの高い芸人たちとライブをする状況を作らなきゃいけなくて。ライブをするときに、自分たちで会場を押さえて、例えばじゃあ、大阪にカナメストーンさんをゲストで呼ぶってなったら、マセキ芸能社さんに新幹線のチケットを送って、マネージャーさんに連絡して、、、スタッフもいないから自分たちでお笑いが好きな大学生とか社会人のスタッフに手伝ってもらったりしました。そういう環境を整えるのに労力を割かれて、自分のネタに集中できなかったんです。
「これは周りの環境をきちんと整えるにはそれなりに何年か時間が必要だ」と思って、そこで上京することを決めました。
実際東京の方が断然ライブはしやすいです。信頼できるスタッフさんや芸人も多いし、ライブ主催団体も多いから、自分のネタに集中できる環境が整っているなと感じます。
ーー上京して選んだ高円寺の街はいかがですか?
ワイワイした感じが結構大阪と似ている気がします!私も大阪の都心出身なので、北口のロータリーで大きい声で歌ってたりする人を見て「元気やな〜」って思ったり、全然それが怖いと思う街で過ごしてこなかったので、逆に安心するというか(笑)
それに芸人仲間や自分に何かあったときにでも、高円寺だとすぐに会えるから、それもうれしいです。
何かあればみんないるし、先輩との付き合いも増えました。みなさん本当に優しいです。クラフトビールが好きなので、高円寺の「麦酒工房」に行ったり、ごはんが美味しいところだと「シトラバ」や「ニホレモ」に行ったり。ちょっとした隙間時間に南口の古着屋さんで時間を潰したりもしています。南口の方はまだ開拓できていないけど、「アール座 読書館」に初めていったときはめちゃめちゃ東京を感じてびっくりしましたね…!
女性芸人としての現在地。そして「M-1で勝てる漫才」を

ーー実際、THE Wでは賛否両論さまざまな意見が飛び交っていましたが、いわしさんは「女性芸人」であることについて、どう考えていますか?
今は、私自身は女性芸人でよかったなと思っています。お笑い的にも使いようによっては最高の武器であるように感じているので。ただ、「女性を武器にしていないお笑いだからいいね」と言われたりしていたんですが「女性を武器にしてないお笑い」とされることに違和感もありました。私たちは普通にネタをしているだけなのに逆張りの笑いになっているのか、と。特に私たちは、「女性性に納得いってなくて男みたいにネタをやりたい女芸人」という見られ方も多かったです。私は、女性あるあるがあんまりわからないからたまたまいわゆる女性を武器にしていないネタをしているだけだったんですが、ネタがスッと入ってこない悲しさから男性芸人っていいな〜と思ったりはしました。
でも今は、女性芸人でよかったと思ってます。芸歴を重ねて、年齢を重ねて、自分たちがこの群雄割拠の芸能界で戦うにはどうしたらいいかと考えたとき、まず女性であることを使わないといけないですよね。生まれた時からそうなので何も思ってなかったけれど、女性であることって、太っているとか、ハゲている、とか芸人として最強の武器と一緒なのかも、って思えたんですよね。ネタする時に芸人が出てきて一番最初に見るのは容姿じゃないですか?お客さんがこの人はこんな容姿だからこんな感じなのかな?って予想する。それを裏切るのか乗っかるのかしてうまく使っていくのがお笑いなんだと感じられるようになりました。だから私は女性芸人でよかったなと思っています。
THE Wは、ピンも漫才もコントもバラバラの大会。“ハゲている”や“太っている”というお笑い的に武器である要素のカテゴリと同様に“女性”というカテゴリの中で面白い人を決める大会だと思っています。ただ、全部のジャンル、芸人がそれぞれ面白くていいのに、やっぱり賞レースだから1位を決めなきゃいけない難しさはありますよね。参加人数が少ない分レベルの担保が難しいと思うんですが、毎年面白い大会だと思っていますし、私たちを世に出してくれた大切な大会なので一生残って欲しいと思っています。もっと女性芸人自身が活躍して盛り上がって、Wに注目されるようにできたらいいけど、そのためには私たちが売れないと、、、と思っています。
ーー今後の目標を教えてください。
今の目標はテレビに出ることです!
昔はトークに苦手意識があったんですが、いろんな番組に出てたくさんの失敗をしてちゃんと極めたいと思うようになりました。私は漫才を“作品”として、映画みたいな感覚で見ていたんですが、最近になってテレビ番組のトークも数学的で、きちんと構成も考えられていて、笑いを作る軸は漫才と一緒なんだって気づけて。だからテレビもきちんとできるようになりたいです。
執筆活動については、岸本佐知子さんのようなクスッと笑えるエッセイだったり、朝井リョウさんも好きなので、私も作り話だけで書いてみたいし、ゆくゆくは小説なんかも出せたらいいなと。
でも、やっぱり漫才してる時が一番楽しいので、漫才で全国を回ったり、単独ライブがバンバン売れるようになりたい。M-1グランプリとTHE Wの漫才は作り方が違うと気がついたので、今年1年は「M-1で勝てる漫才」も作っていきたいです!
【にぼしいわし・伽説いわし】プロフィール

にぼしいわし・伽説いわし
1992年、大阪府出身。お笑い芸人「にぼしいわし」のツッコミ、ネタづくり担当。
2023年に拠点を東京に移し、個人事務所である「株式会社 A-dashi」を設立して活動中。
女芸人No.1決定戦 THE W 2024年大会にて第8代目女王となった。
WEBザテレビジョンにて「しょぼくれおかたづけ」を連載中。
また2025年12月に自身初となる著書『しょぼくれおかたづけ』をKADOKAWAより発売。
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ライタープロフィール

伊藤夏希
1998年、宮崎県生まれ、高円寺在住。
武蔵野音楽大学を卒業後、写真家 / 音楽家として、東京・宮崎を拠点に活動する。
2023年に開催した初の写真個展「この街で生きた、あの頃のこと。」を機に、これまでに計7回の写真展を行うほか、“伊藤日記”での名義でカフェやイベントを中心とした演奏活動、音楽配信も行う。
2026年6月、下北現像所にて8回目となる写真展、またZINEの出版も予定。
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