のうじょうりえ「 日々の余白・杉並 」

のうじょうりえ日々の余白-杉並-
ライター・のうじょうりえ
高円寺



先日の帰り道、満員電車に乗った。
こんなに夜遅くまで電車が混んでいるのは世の中が忙しいからか、それとも帰るのが名残り惜しいほどの会合があったのか。
いつも通りライブ後のわたしは、名前も知らないもう2度と会わないかもしれない人達の背景を電車に揺られながら考えていた。

満員電車というのは足や手や胴体を本来の形でいさせてくれない。
人々がパズルの如くあり得ない体勢で詰まる。
楽器を持っているのでその分のスペースも確保するとなると、合わせて変形するのはもちろんわたしの方だ。
万が一わたしが体を痛めて病院に行ったとしても大したことはないだろうし、ギターのネックが折れて修理する金額に比べたらきっと大分安いだろう。
じゃあ満員電車で1番に守るのはやはりギターだ。
咄嗟にそんな現金な計算をする。

若干潔癖だったりするので、電車の手すりを掴まなくても立っていられるようにいつもはなるべく頑張るのだがなんだかすごく揺れる電車で、このままだと自分も周りの人も薙ぎ倒してしまいそうなほどフラついていた。
ギターを守るのならば手すりを触りたくないなんて生半可なことは言っていられない。
甘ったれるな。まずはこのフラつきを安定させるんだ。
人混みの中出来るだけ普通の体勢で掴めそうな手すりを探す。
しかし該当した手すりは既に掴まれていた。
仕方ない多少無理な体勢でもいいと他の手すりをキョロキョロ探していたら、使いたかった手すりを掴んでいた手がすっと離れた。
手の持ち主は周りを見ていたようなのでおそらく察して譲ってくれたのだろう。
この人混みの中そんなことに気が付ける人がいるのか。人の性根はこういうときに出るのだろう。
世の中色んな人がいると良い意味で思った。
ぺこっとお辞儀をしたかったが本当に譲ってくれたのかさりげなさ過ぎて分からず、自意識過剰と思われるのも嫌で心の中だけでお辞儀をした。

しばらくしてわたしの目の前の2席が空く。
さっきの人が座るかもと思ったら座れずモタモタしてたら、たった今乗って来た人に座られてしまった。
その様子を見ていた隣の人が、わたしが楽器を持っているからか気を遣ってもう1つ空いている席を譲ろうとしてくれた。
しかしその人が先程立ちながら寝ていたことをわたしは知っている。
そんな人を差し置き座る訳にはいかんとお互い譲り合い、結果あちらが折れて座ってくれた。
すぐに爆睡に入っていた。

この狭い空間の中で起こった小さな人間関係。全く知らない人同士。
これが社会か。こういうことの積み重ねで社会が出来ていくのか。
社会の中で皆生きていて、たまにしんどくなったり笑ったり。
手すりを譲ってくれたあの人は自分が与えた優しさに普段気付いてもらえているだろうか。
すかさず席に座った人は今日は特別疲れていたのかもしれない。
席を譲ろうとしてくれた人はたまたま気分が良かったのかもしれない。
わたしはといえば優しくしてくれた人にしか優しくできない。
たった今社会の一部になったようなわたし達の目に見えないそれ以外、「余白」を考える。

あの人の知らない部分、わたし達が出会うそれまで、余白は今もずっと生まれ続けている。
誰かと分かち合えることもあれば、誰にも伝わらないこともある。
余白を考えてみれば減る争いも減る信頼もあるだろう。
世界は関係なく進んでいってしまうから気にせず生きていくしかない。
人生において必要ではないはずなのに、それでもわたしは余白を考えずにはいられない。
何でかは分からないけどそうなってしまったから、これからも言葉に表していくだろうと思う。

高円寺cocci

9月30日を持って閉店した「カフェテラスごん」
ごんのオムライスは印象的すぎて、11月度のコラムで書かせてもらった。
閉店する前から「跡地にごんの意思を引き継ぐお店ができる」とお知らせされているのを店内の張り紙で見ていた。
12月頭、かつてのごんの店前を通り掛かったらそのお店が出来ていた。
名前はcocci(コッチ)
あ!できてる!と出ていた看板を眺めていたら、丁度お店の方が外に出て来て少しお話した。
なんと明日からプレオープンらしく、これは行かねばと次の日早速食べに行った。

炭の生地専門の服ブランド「sumigi」経営
日本インタビュアー協会認定インタビュアー
スープソムリエとコーヒースペシャリストの資格取得

才能を沢山持っている店長さんが営むcocci。
「スープとコーヒーと日々の暮らしのお店」を掲げていて、どんなスープが食べられるのか特に期待を寄せる。
プレオープン中はメニューを少し減らしているとのことだったが、ごんの味を引き継いだと噂のオムライスはしっかりとメニューにあった。
あとはカレー、スープセットなど。
オムライスとカレーの作り方はごんのマスターから直々に教わっているそう。
これはわたしの気持ちなのだが、ごんの味をまた食べられるかもという喜びより、引き継ごうとする人、受け継ごうとする人がしっかり出会っていることに感動を覚えた。
実現に向け行動するのが難しいこともある、実際に動いていることは簡単じゃない。

そんな直伝オムライスとスープセットがこちら。
スープは日替わりのようでこの日は確か豚汁(別の日に食べに行ったのと記憶がごっちゃになっているかも、すみません)。
卵がふわふわ。ごんのオムライスもこうだった〜!と卵を割りながら思い出す。
中のチキンライスは野菜がいっぱいで、でもオムライスの邪魔をしてこない。
全ての料理しっかり味が染みているのにしょっぱくない。
丁寧な仕事をされている人やお店は話をしなくても分かる。
味が丁寧で繊細で優しい。ごんのオムライスと似ていると感じた部分。
でも再現されたオムライスかと聞かれたらそんなことはなくて、わたしはそれが好きだった。

どれだけ同じ作り方をしようとも作る人が変われば物は変わる。同じ人が作っても変わることだってある。
物作りとはそういうものだと思う。
機械で作るものと人が作る物の違いはそこだろう。
作る人を感じながら、ごんのオムライスではない「cocciのオムライス」を提供してもらい食べられたことが嬉しかった。

そしてこちらは後日また行き、食べたカレー。
ごんのカレーをわたしは知らないので無心でカレーの味を楽しむ。
口に入れた瞬間から最後までずっと玉ねぎを感じるカレー。
野菜の甘みとカレーが混ざり合って体の中がリアルタイムで健康になっている気がする。
玉ねぎって出汁にもなるすごい野菜なんだと料理好きな人が言っていた。
わたしは玉ねぎが野菜で1番好きだが、ここまで煮込まれながら玉ねぎの味が生きている料理はおそらく食べたことがない。
このカレーはcocciでしか食べられないのでは。
今後オムライスとカレーどちらを頼むか毎度悩むことになりそうだ。

今でもごんのマスターが料理を教えに訪れているそう。
お店を開こうと物件を探していたところ、共通の知り合いがいたことがきっかけでごんの跡地にお店を出すことが決まり、それなら味を繋いでいけたらと努力されている。
なくなるものがあれば生まれるものもある。
形あるものはいつかなくなるが、そこに思いがあれば全て消えてなくなる訳ではないんだということを教えてもらった。
オープンしたてのcocciは行く度に店内の物が増えていく。
人が作るものはこうして大切にされながら形を変えたり出来上がったりしていくんだ。
こんな瞬間に立ち会えたことを幸せに思う。

絶対にcocciのことをコラムに書こうと意気込んでいた矢先、わたしまでご縁を頂きなんとcocciでライブをさせてもらうことになった。
高円寺に住む前から知っていた思い出のある場所で、心のある素敵なお店で初めて開催されるライブ。
やらせてもらえることを大変光栄に思う。

一度ソールドアウトしてしまったんだけど、お席増やせたので良ければ是非。
ご飯食べてほしい。



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2025年1月12日(日)
高円寺cocci プレオープン記念公演
篠塚将行(それでも世界が続くなら)× のうじょうりえ 2MAN LIVE
「こっちにおいでよ」

OPEN 17:00 / START 17:50
前売2500円 / 当日3000円
+入場時1オーダー制
予約:TIGET

※入場時、お食事セット(オムライス、カレー、スープetc)をオーダーの方に、出演アーティスト全員とcocci店長・川船さんの当日限定サイン色紙をプレゼント。(先着限定)
※ご予約は、先着15名様でソールドアウトとさせて頂きます。
協力:YouSpica / AOVA
※ライブ中にお食事の調理・提供は行いません。
※オムライスの提供にはお時間を頂く場合があります。ご了承下さい。

17:00 OPEN
17:00 – 17:50 お食事タイム
17:50 – 18:40 1. 篠塚将行(それでも世界が続くなら)
18:50 – 19:40 2. のうじょうりえ
19:50 – 20:30 ごはんタイム / アーティスト物販
20:30 閉店




ライタープロフィール

のうじょうりえ

千葉県出身・高円寺在住のシンガーソングライター、エッセイスト。
日々の悲しみや弱さや喜びの心象風景を「生きること」に視点を置いた文学的歌詞と言葉と共に、圧倒的なリアリティを持った美しい歌声とアコースティックサウンドで、自分自身と向き合う為の音楽を発表。年間でワンマンライブやサーキットフェスを含む200本近いライブ活動を行なう。
エッセイストとしても活動し、2022年より「ツブサ・スギナミ」にてコラムを連載中。

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